大浴場『富嶽』

 

 天窓のある、開放的な大伽藍。このぐらい壮大な建物になると、「かこーん」という桶の音も、親子連れの笑い声も、エコーのスケールが違うので不思議に神々しい。遠くは湯気に霞んで見えない。時に靄が晴れ上がると、はるかに見えるのは実物とみまごうばかりに巨大な富士の壁画…ではなくて富士そのものである。樹海の真ん中にこんなものを作ってしまった主人の酔狂のおかげで、風呂に漬かりに来て遭難しかかる客が毎年何人か出るらしいが、刻々移り変わる富士の眺めはそれを補って余りある---かもしれない。春や夏には森の精霊が大気に満ちあふれ、夕暮れと夜明けには富士も湯船も人々も真っ赤に燃え上がる。浴槽につかってぼんやり見上げると、ぐるりを天窓に囲まれたドームにはミケランジェロの有名な天井画が複製されていて、やたらと格調高いのだが、よく見るとアダムの腋の下にツバメが巣をかけていたりして、ひそかにマヌケだ。


  1. 月夜断章。
  2. ケダモノたちの午後
  3. 銭湯における読みと深読み
  4. 大河青春三部作・『西船時代』
  5. あたしの日曜日
  6. 秘宝系
  7. 煙を噴いたりもする人間のこと
  8. これをサーフィンと名付けた人物とは永遠に意見が合わないだろうと思う夜
  9. 質量、加速度、愛。
  10. 悶絶マッチョメン
  11. 暁の啓示
  12. 乙姫様のパン屋
  13. Full Moon 人外
  14. 血煙家庭教師

 

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