ゲロバケツ寮

 

 田舎から出てきて最初の数年間は西船橋の寮にいた。ちょうど売り出し中のお笑い二人組が「一気!」という唄を流行らせたころで、宴会では食堂の樹脂製カレー皿で目の潰れそうな安酒を一息に飲み干すのである。専用のブリキのバケツが手回しよく足下に置かれているので、なにが起ころうと安心であった。

 で、話というのはその宴会のことではない。四階建ての寮の屋上が、周りに高い建物もなく、360度、ひろびろと空に向かって開けていたのは、いまにして思えば素晴らしい贅沢であったと言えよう。中山競馬場が見えた。東京が見えた。運がよければ富士も見えた。

 そんなわけで、休日の朝、どかどかと洗い物をして屋上を満艦飾にするのは作者の大きな楽しみだった。洗濯機は風呂場の隣、脱衣場に置かれていた。それもまた、後になってみれば恐るべき伏線だったのだが。

 ところで作者には弱点がある。年寄りに弱いのだ。可愛い女の子などにはしばしば平気でキッツイことを言って、あとあと地獄の自己嫌悪に落ちたりするのだが、ご老人には絶対にそんなことができず、相手が長い話をはじめれば三日三晩聴き続け(一度本当にやった)、これまた後で後悔する気弱で偽善的な男である。不運にもこの寮の用務員というのが、少々耳の遠い温顔の白髪の爺さんであった。そして五月のある麗らかな朝、事件は起きた。

 あらゆる存在が歌いだすような日曜の朝、早々と目を醒ました作者は一週間分の洗濯物を両手一杯に抱えて、危なっかしく脱衣場へ降りていった。寮には旧式の半自動洗濯機しかなかったが、文庫本一冊あればいくらでもヒマは潰せる。

 合間合間に機械の面倒を見ながら短編を一つ読んだところで人のいい白熊のような爺さんがのっそりと現れた。おう洗濯かい、若い人はいいねえ。(そうか?)これから風呂桶洗うんだけどヨ、残り湯使いな、よく落ちるから。

 残り湯!当時寮には約三十人の学生がいてその大半が昨夜の風呂に漬かったはずだが中にはろくに身体を流しもせずザブリと飛び込む体育会系バカ男も大勢混じっていてその残り湯はほとんど「男の煮出し汁」状態、男まみれのその液体は一晩経つうちに雑菌が無数に増殖して怪しい化学変化を繰り返したあげく今やある種の奇怪な有機生命体に変貌し、自分で動きださないのが不思議なぐらいミトコンドリア。いやしかし爺さんは俺達のためにその風呂桶をこれから洗うのだ。ここで汚いなどといえば爺さんの人間的尊厳を否定することに。そもそもデオドラント世代のツルツルサラサラ生理感覚は。ああああ爺さんニコニコ笑ってるよ。作者はかろうじて応答する。「い、いえもうすすぐだけですから」「でもやっぱり違うって。もったいねえし」経験の年輪が違うのである。若造は勝てない。遠慮してるとでも思ったか、善意のカタマリのような爺さんが戸棚をゴソゴソして持ってきてくれたモノを見て、私はもはや後に引けないことを知った。爺さんが差し出したのは、彼がこれから掃除に使ういつものバケツ以外ということで…専用ゲロバケツ。

 洗い場の床はまだ濡れていて足の裏に冷たかった。浴槽に三分の一ほど残された液体の表面には得体の知れぬ白っぽい膜が張って、透明な朝の光を反射している。意を決してバケツを突っ込むと、ぬらり、と膜が手にまとわり付いた…

 …屋上からはその日も富士が見えた。背後では干されたばかりの洗濯物がハタハタと気持良く風に鳴っている。ま、何事も済んでみればどってことないか…って、十年近く経ってこんなもの書いてるし。

 

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