【まだまだ頑張っている2004年夏】

これより後

7/15

というわけでこの夏は「観画談」と勝負しているのである。どうでもいいが、「幻談」 の内容をいろんな人に説明しているうちに、だんだん面倒臭くなって、最近では "A fishing samurai meets a fishing zombie." で済ませている。どうもアメリカ人に説明しようとすると全てが即物的になって、なんか別の話みたいだ。「観画談」も、やっぱりLSDで全て説明がついてし まうのだろうか。70年代に出版すればウケたかもなあ…


…そしてタランティーノ特集は果てしなく続くのだった。今回は、すでに彼が名声を確立した後、『ジャッキー・ブラウン』公 開の前に行われたニューヨーク・タイムズのインタビュー(1997年11月16日)の、ほぼ全訳である。私が特に面白く読んだのはトライスターとの企画会 議のあたり。しょーもない大作映画がどうして次から次へ作られるのか、権力者の下らぬ意地がいかに物事を駄目にするか、この話を聞くとよく分かる。最近 ネット環境が不自由なので、映画の邦題とかの細かい調べはできてねえっす。例によって緑色の部分は私のコメント。原文はこちら


最近の映画は駄目になっていると思いますか?

いや。そう思ったことは一度もない。毎年、年末には他のダメ映画が全部帳消しになるぐらいの映画が出てくるもんだ。一年に一本傑作が現れる なら、それ以上を要求できるかい?ここで言ってるのは、後々まで残るような本当の傑作のことだ。年によってはそんなのが二本も三本も四本も出てくる。いい のが一本あれば、文句はないね。

三年前、あなたはその一本を作りました。『パルプ・フィクション』の大成功は、インディペンデント映画の世界を一気に塗り替えました。あなた自身の人生は変化しましたか?

成功する心の準備はできてたと思う。映画を撮り続けていれば、いつかは尊敬される位置にたどり着けると。作品は影響力を持つし、映画史に名 を残せるだろうと。大きな花火をあげられる自信はあったんだ。でも、たった二本の映画でここまで来れるとは思ってなかったけど。成功したいとはずっと思っ ていた。映画が当たれば当たるほど、発言力を持つことができるからね。必死で口説き落としたりしなくても、いい役者を使えるようになる。これはまさに権力 だ。トム・ハンクスとかトム・クルーズを呼んでくるのは、まだちょっと無理だけどね。いや、べつに彼らを使いたくないってわけじゃないけど、俺にもっと力 があれば、彼らも選択の範囲に入るわけだし。まあ、権力は必要なだけあればいいんだ。とりあえず今使いたい役者は呼べるから。しかしここまでくるのが本当 に早くて、自分でも驚いたよ。

『パルプ・フィクション』の直後、あなたは Destiny Turns on the Radio『フォー・ルームス』に俳優として出演しました。世間では大分叩かれましたね。役者はもういいから監督をやれって。

要するにすぐ新作を撮らないから非難されたんだけど、俺は毎年一本映画を作るような監督には絶対なれない。そんなことをしたら自分の人生がなくなっちまう。

あの時の批判は、かなりこたえましたか?

仕事には影響してないと思うけど、生活にはちょっと影響したかな。しかし、Entertainment Weekly とか Movieline とかに何を書いても、俺の根本的な生き方は変わらないってことが、どうもマスコミの連中には分かんないみたいだね。まあ色々おちょくられたり叩かれたりしたけどさ、もうどうでもいいよ。さっさと読むのやめちゃったから。

でも、『パルプ・フィクション』の成功にはマスコミの力が大きかったと…

それは確かに。俺が海外で知られてるのは、『レザボア・ドッグズ』を 背負って丸々一年間、トークショーに出たりインタビューに答えたりしながら世界を回ったからさ。だから、いざ『パルプ・フィクション』を売り込む段になっ たときには、みんな俺のことをちゃんと知ってた。東京を歩いていると声をかけられるし、それは共産圏でも同じだ。政府の許可が下りたんで、『パルプ・フィ クション』は中国でもやった。あんなすごい観客の反応は初めて見たね。舞台挨拶に行ったときには、映画っていうよりロックコンサートのノリだった。「自 由」、一晩だけ「自由」がやってきた!ってね。でもアメリカ国内に関しては、トークショーや雑誌の紹介記事とか何でもやったんだけど、そしたら「クエン ティン・タランティーノは自己宣伝の達人」と書かれた。えらい言われようだよな、自己宣伝の達人。あんなことは役者なら誰でもやってるのに。インタビュー の数だって似たようなもんだ。人並みに営業活動をしてただけさ。

それが映画の成功に必須だったと?

いんや。あれだけ頑張ってマスコミの相手をしても、それに見合う数のチケットは売れないんだけど、顔だけは売れるね。People だの Us だのの記事で映画の観客が増えるとは思わない。でもあの辺に出ると、とにかく有名にはなれる。知名度が30パーセントぐらい下がっても俺は全然かまわない よ。有名になるのが嫌だとはいわないけど、今の三割減ぐらいが理想なんだよ。昔は街を歩いてても誰にも邪魔されなかったけど、今は無理だ。毎晩一人ずつ女 の子を引っ掛けたいとかいうんなら、有名人は得だ。でも俺はそんなことしたくない。今なら簡単にできるけど、やりたくないんだ。

ミラマックスから、早く仕事に戻れという圧力はなかったのですか。

うん、全然なかった。

あなたはインディーズ映画の旗手と呼ばれていますが、『パルプ・フィクション』はもともと大手のトライスターのために書かれたものですね。

一瞬でボツを喰らったから、それは関係ないよ。そこにミラマックスのハーヴェイ・ウェインステインが、待ってましたとばかりに喰いついた。脚本にはあらかじめ「最終決定稿」と書いておいた。つまり、何を言われても脚本の変更はしないよって俺は宣言したわけだし、トライスターにもそれは分かってたんだよ。

もしトライスターがそれでもいいと言ったら…

一番心配だったのは、向こうもあんまり乗り気じゃないままOKが出て、それなりに製作されちゃうというパターンだった。ほとんど金のかから ない企画だからね。でも連中、脚本読んでビビったみたいだよ。見て笑うような映画じゃないと思ったらしい。最終的にボツを決定したのは、あのときトライス ターのトップだったマイク・メダヴォイだ。ちょうど彼は ワシントンから戻ってきたところだった。なんかクリントンに、ハリウッドは作るものに責任を持てとかなんとか、みっちり説教されてきたらしい。で、そこに 『パルプ・フィクション』だろ。メダヴォイはスタジオ叩き上げの、胆の据わった映画屋だと思ってたから、その彼が怖じ気づいて脚本がボツになった時は幻滅 したよ。でも、彼の正直さは好きだな。俺が前からずーっと訊きたかったことを訊いたとき、正直に答えてくれたから。

なにを訊いたんですか?

つまり、連中は俺をコントロールできないのを知ってた。俺を買うなら、完全に好きにやらせるか、それともあきらめるか、二つに一つだってこ とを。脚本は「最終稿」だった。変更の余地はない。それでもキャスティングのリストは提出したんだよ。たとえばパンプキンの役なら、「この役はティム・ロ スにオファーされる」と書いといた。結局そのとおり彼がやることになったけどね。さらに、「ティム・ロスが断った場合は、リスト上で彼の次にいる人物にオ ファーされる…うんぬん。」曖昧な書き方は一切しなかった。全部はっきり決めておいたんだ。勝負どころの企画会議でメダヴォイはそのリスト を読んで、注文をつけてきた。「ティム・ロスはとてもいい役者だが、君のリストにはジョニー・デップも出ているね。どちらかと言えば、私はジョニー・デッ プにオファーしたい。もし断られたら、クリスチャン・スレーターに行こう。これが私の優先順位だ。」それで俺は、ずっとしたかった質問をとうとうせずには いられなかった。「あなたは、その…ジョニー・デップを入れることで…パンプキンの役は、映画の最初と最後のシーンにしか出 てこないわけですが…そこにジョニー・デップを入れることで興行収入が一ドルでも変わるとお考えですか?」そしたらメダヴォイは言った。 「いや、10セントも変わらんだろうが、私はその方が気分がいいんだよ。」こう答えられたら、もう言うことは何にもなかった。彼の返事がすべてを語ってい たから。俺はそういうやりかたでは映画を作れない。「だからあいつはクソジジイだ」とは言わないけどね。少なくとも彼は、とても自分に正直だ。

あなたはトライスターから、既に100万ドルの脚本料を受け取っていました。それを反古にすることは気にならなかったのですか?

いや別に。脚本を買ったまま放ったらかしになってる企画が山のようにあるのは聞いてたから。『パルプ・フィクション』が没になる可能性は高 かったし、それは自分でも充分わかってたんだ。ただ、あれを作れる大手のスタジオが一つだけあるとすれば、それはトライスターだと思ってたんだよ。マイ ク・メダヴォイは以前オリオンって会社をやってて、あそこはインディペンデントみたいなやり方だったから。

あなたとミラマックスは、いわば共に育ってきた関係ですね。

まさにそう。俺はあそこのミッキーマウスだからね。いつも冗談を言ってるんだよ、もし今から三年前、映画スタジオが集まって感謝祭のパー ティーをやったとすれば、ミラマックスに与えられる席は隅っこの「子供テーブル」だったはずだ。でも今、ミラマックスは大人テーブルに座れるだけじゃなく て、みんながミラマックスの食べるものを指をくわえて見てる…

大きなスタジオと仕事をしたいと思ったことは?

『レザボア・ドッグズ』のあと、大スタジオとくっついた俳優から山のようにオファーが来たよ。かなり本気の誘いもあった。『スピード』は俺 のところに来ていたんだ。もともとあれは、インディペンデントっぽいアクション映画の企画だったんだ。完成品を見たあとだと信じられないけど、『レザボ ア・ドッグズ』と Bad Lieutenant をお手本に作るつもりだったらしくて、俺はちょうど手頃な位置にいたからだ。他に話が来た大作は、『メン・イン・ブラック』だった。俺、コミック版は読んだこともないのに。もし Hero の話が来てれば受けたんだけどね。俺が作れば、あんなでかい映画にはならなかったと思う。主役にはトラボルタを使っただろう。脚本の David Peoples は、すごくいい仕事をした。でも監督の Stephen Frears は、金のために引き受けただけだ。俺には分かるよ。あれは、「監督の才能」という天井に頭をぶつけてる映画だ。脚本は月までぶっ飛びたがっているのに。そ ういう映画を、今まで何本か見たよ。

制作会社が映画を駄目にしてると思いますか。

いや。すべては監督のせいだよ。大スタジオと一緒に仕事をしたことはないけど…いや、それは違うか。ミラマックスは、もう立派なスタジオだよな。その点は否定できないね。

ミラマックスに対しては、けっこう業界の風当たりが強いみたいですね。

『パルプ・フィクション』を公開したときには、あそこまで嫌われてるとは思ってなかったね。あのとき、 Variety 誌が、「ミラマックスはどうしてアートフィルム的作品を、1000スクリーンも使って大々的に配給するのか」という批判的な記事を載せたんだ。「商売の仕 方がバカだし、宣伝に金をかけ過ぎだ」ってね。あのとき、覚えてるかどうか知らないけど、『パルプ・フィクション』は1100スクリーンで、シャロン・ス トーンとシルベスター・スタローンが共演した『スペシャリスト』は、たしか2300スクリーンぐらいで公開された。一週目に俺たちが興収一位を取っても、 誰も信じてくれなかった。で、二週目には『スペシャリスト』を完全に蹴落とした。けっきょくのところ、大スタジオは新参者に縄張りを荒らされるのが嫌なだ けなんだよ。変な話だけど、(ミラマックスの)ハーヴェイ&ボブ・ウェンステインのおかげで、大スタジオは自分たちの原点を振り返ることになった。W. B. (ワーナー・ブラザーズ)なんて、今は兄弟も何も、ただの大企業だろ。本当なら、ウェインステイン兄弟こそが W. B. を名乗るべきだね。Brothers Weistein で、B. W. という社名にするとか。

今でも予算のことは気にしていますか。

もちろん。『ジャッキー・ブラウン』はたったの1200万ドルだから、赤字にはなりようがない。もう絶対に負けはないんだ。『レザボア・ ドッグズ』を見て、大スタジオはみんな考えた。「これはいい映画だ!この監督はいけるぞ。もし、もっと売れ線の企画を撮らせれば、場外ホームランだって夢 じゃない」

確かに彼らは正しいんだ。『ディック・トレイシー』は一時期スコセッシに撮らせようという話があったし、あれはまさに彼向きの作品だ。俺が 大スターを使ってアクション映画を撮っても、必ずしも魂を売り渡す必要はない。デ=パルマは『アンタッチャブル』を撮ったときも良心を捨てなかった。あれ は理想の組み合わせだね。『ミッション・インポシブル』も俺は大好きだ。あれは芸術家の魂が入った一億ドル映画だ。見れば見るほど好きになる。フィルムプ リントを持ってるよ。もし俺が『ナポレオン・ソロ』を作るとしたら、ワーナー・ブラザーズでやると思う。あれはまさにワーナー向きの素材で、あそこで作る のが一番正しい。だからといって俺は商業主義に擦り寄ってるわけじゃない。客なら呼べる自信があるし。

自信を持つのは良いことですが、『レザボア・ドッグズ』も『トゥルー・ロマンス』も興行的にヒットはしませんでした。そのあたりの不安はないのですか?

『パルプ・フィクション』の製作を準備してるときに、俺が脚本を書いた『トゥルー・ロマンス』が公開されたんだけど、パッとしなかった。あのときは怖かったね。なにをやっても俺の作るものは一般受けしないんじゃないかと思って。でも、 Jane Campion のことを考えたら自信が出てきた。あの年、彼女は『ピアノ・レッスン』で 一気に名前が出た。それまでの彼女の仕事は、沢山客を呼べるようなものが全然なかったのに。でも、彼女なりにしっかりした映画と物語を作り続けたら、突然 あんなに客が入った。『ジャッキー・ブラウン』にも一億ドルとか無茶苦茶な期待をしてる人たちがいるけど、あれは女主人公で、人物をしっかり描くタイプの 小さな映画なんだから、そんなに儲かるはずないんだよ。これは一本や二本映画を作っただけの人間として言ってるんじゃなくて、生まれてからずーっと映画を 見てきた観客として言ってるんだ。

配役はどんな風に決めましたか?

キャスティングは、自分で決めるに限るね。つまりその、『レザボア・ドッグズ』のとき使えって言われたのが揃いも揃ってVシネ役者ばっかり で、ちょっとだけ売れはじめたぐらいのB級どころを掻き集めて、チームとして上手くいくかどうかは知ったこっちゃない、みたいな感じだったんだ。これから 売り出そうという連中を使わせたかったみたいだけど、もう断固拒否した。

B級役者を適当に掻き集めるという作り方は、「互いに面識のないギャングを集めて宝石強盗を 企てる」という物語の設定そのままなのだが、けっきょく宝石店襲撃は大失敗に終わったわけで、つまりあれは「そんな風に人を集めても、ろくな仕事はできね えよ」という教訓のある映画だったんですね。「プレジデント」もたまには戦国武将を離れて「タランティーノ映画に見る経営戦略」とか特集するといいと思い ます。表紙はもちろんあの場面をあの絵柄で。

『ジャッキー・ブラウン』で、俺が自分でやりたくてしょうがなかったのは、サミュエル・L・ジャクソンがやったオーデルの 役だ。オーデルは俺なんだ。あいつを書くのはとても簡単だった。脚本を書いた一年間、俺はオーデルだった。あいつをサムに渡して、横からゴチャゴチャ言わ ないでいるのは、本当に難しかった。サムは10週間だけあいつになったけど、俺は52週間だ。オーデルは、俺が若い頃世話になったオッサンたちの集合体な んだ。今の生き方をしてなければ、俺はオーデルになってたかもしれない。あの脚本を書いていると、昔のいろんなことが一気によみがえってきて、俺は17歳 の自分に戻っていた。映画の道に進まなかった場合の自分だ。俺は、あんな感じだったんだ。もし映画を作ろうと思わなければ、俺はオーデルになってたはず だ。郵便配達とか、電話会社の社員とか、金塊をちびちび売って回るセールスマンとかにはならなかったと思う。ケチな犯罪を次から次に繰り返して生きてるは ずだ。留置所に入ったり。でも俺は映画を作ることを選んだ。おかげで、そういう胡散臭い自分とも映画の中で付き合う事ができる。

ロバート・デニーロも出てますね。最近はもう、彼はいい演技をして当然みたいになっちゃいましたが。

本当にそうだね。『ヒート』での彼はすごかった。Casino も。なんでアカデミー賞にノミネートされなかったんだろう。デニーロが褒めてくれるから俺は役者をやってるようなものなんだ。今度また一緒に映画を作るん だ。俺が映画に出ると、評論家にはボロクソ言われるんだけど。なんか本業さぼって遊んでるみたいに思われるんだよね。こっちは大マジでやってんのに。もっ と役者やれって言ってくれるのは、ほかの役者だけさ。だったら俺は、批評家と役者、どっちの言う事を聞くと思う?J. Hoberman とロバート・デ・ニーロだったら、どっちの言う事を聞くだろう? Caryn James とニコラス・ケイジだったら?

『レザボア・ドッグズ』以来、監督としてのタランティーノを絶賛してきた批評家ロジャー・エバートは、『フォー・ルームス』のレビューの最後にこんなことを書いている。

才能あふれるタランティーノに進路指導をするのは私の仕事ではない…はず だ。なんと言っても彼は、もうハリウッドでは久しく見かけないような好青年なのである。パルプ・フィクション以降のフィルモグラフィーから判断するに、彼 は友達を作るのが早く、さらに友情の証として映画を手伝う契約書にサインしてしまうようだ。彼には大いなる才能がある。私としては、「世間がそれを忘れて しまう前に、もっとちゃんとした作品を監督した方がいいよ」とやんわり言っておきたい。

エバートの言う事は非常に正しいと思うのだが、「自分の得意領域以外で褒められると妙に嬉し くて、下手の横好きが止まらない」という感覚も、何となく私は分かる。そりゃ誰だって俳優をやってデ・ニーロとニコラス・ケイジに両脇からヨイショされた ら本気にしちゃうよな。二人ともすんごい説得力ありそうだし。

ニコラス・ケイジは今度スーパーマンを演じますが、あなたはどんなスーパーヒーローになってみたいですか?

難しい質問だな。(長考する。)黒人スーパーヒーローのルーク・ケイジにしようかな。ニコラス・ケイジはルーク・ケイジから名前を取ったんだよ。ルーク・ケイジはブラックスプロイテーションの コミックヒーローだ。俺は彼が好きなんだ。ルーク・ケイジはハメられてヘロイン所持で逮捕され、留置所に入る。医者の実験台にされてから脱獄するんだけ ど、いつのまにかスーパーパワーを身につけてた。医者が彼を薬品風呂に漬け込んだせいで、皮膚が鋼鉄のように硬くなったんだ。弾丸だって跳ね返す。そこで 彼は名前を変えて、自分を金で貸すことにした。「ルーク・ケイジ、雇われヒーロー」ってね。世間は彼が死んだと思ってるけど、実はルークは逃亡を続けてい る。『シャフト』のスーパーヒーロー版だ。彼はいいキャラクターだよ。

けっきょくケイジのスーパーマンの話は潰れたのだろうか。ヅラを付けて空を飛ぶ姿を想像する と、なにやら不安な気分になるからだろうか。私が一番見たいのは、『キル・ビル』のビルが言うところの「気弱なクラーク・ケントを演じているスーパーマ ン」を演じているニコラス・ケイジである。

昔から大衆文化がお好きですね。コレクターと言うか。

エリート思想みたいなのが嫌いなんだよ。観客が自分より下の、馬鹿な連中だとは思わないんだ。俺自身が観客だから。

映画業界を改革したいと思うことはありますか?

スターがギャラを二千万ドルも取るのは何とかしたいね。いくらなんでも取り過ぎだよ。あれでは、いずれ業界全体が駄目になる。

トラボルタも一本つき二千万ドル取ってますが、彼に向かってそれを言えますか?

もう言ったよ。あいつが言うには、それが相場なんだって。まあ、分かるけどね。もし俺が自分を売りに出してて、映画監督の相場が六百万ドル だとすれば、いい仕事に当たれば一千万ドル貰えるかもしれない。そうなると、ちょいと駄々をこねて、さらに吊り上げてみたくもなるだろうし。

でも俺はそういうのは嫌なんだ。なんか変だから。自分の売り方とか扱い方について俺が尊敬してるのは、クリント・イーストウッドだね。俺の 商売の仕方は、彼をモデルにしてる。ワーナー・ブラザーズと仕事をするときには、彼はとりあえず必要な金だけ貰って、それで出来た映画をワーナーに売っ て、あとは興行収入に応じて報酬を貰うという形なんだ。カッコいいよなあ。

不安になることはありませんか?いつも自信にあふれておられるようですが。

だって不安になる理由なんてあるかい?とにかくちゃんと仕事をする、大事なのはそれだけさ。大口を叩いてるみたいだけど、俺は勇気だけを支 えに、ここまで来たんだから。大事なのは、いつか年を喰って引退したときに、いいキャリアだったと思えるかどうかだよ。その時々の当たり外れは、まあ仕方 ないさ。俺は今だけを見て映画を作ってるんじゃない。これから四十年間のことを考えて作ってるんだ。


続いて登場するのは最近Kill Bill vol. 2 でダメ人間パワーを見せつけたマイケル・マドセン。 ほとんど無名だった1992年、『レザボア・ドッグズ』のミスター・ブロンド役で、いきなり映画史に残る変態演技を見せた彼だが、このインタビューを見る 限り、ずいぶん普通のお父っつぁんだ。少なくとも彼は自分をそのように定義している。まあ役者というのは脚本家や監督の中の狂気を、彼ら以上の説得力を 持って体現してみせるのが仕事な訳で、別に本人が狂っている必要はないのだろう。それでもコアなマドセンファンは、「いや、口ではあんなこと言ってても、 あの顔で変態じゃないはずがない!」とか深読みをして楽しむようだ。けっきょく俳優の人生は、本人の思惑がどうあれ、スクリーンの中にあるということか。 インタビュー原文はこちら


ミスター・ブロンド役の話はどういう形で来たのですか?俳優としてのキャリアに、あの役はどんな影響を与えていますか?

『テルマ&ルイーズ』で、ハーヴェイ(カイテル)と一緒に幾つかのシーンを撮ったんだけど、けっきょくカットされてしまったんだ。息の合っ たいい仕事ができたと思ってたんで、がっかりした。それで、『レザボア・ドッグズ』のキャスティングのときに、ハーヴェイがあの時のことを覚えていて、ク エンティンに推薦してくれたんだと思う。振り返ってみると、あれは当たり役の一つだったね。

なんか面白いんだけど、世間では俺は二重人格みたいに見られてるらしい。道で家族連れに会うと、子供たちは走ってきて俺と握手しようとする。『フリー・ウィリー』でグレンという父親役をやったからね。でも親たちは、俺を『レザボア・ドッグズ』のミスター・ブロンドとして覚えてるから、やっぱりああいう奴だと思ってて、近づいてこないんだよ。

公開から十年後の今では、『レザボア』はカルト的傑作として評価されています。あなたや他の関係者は、当時ここまで成功する映画だと思っていましたか?

いや、誰もここまで当たるとは思ってなかっただろうね。あれはとてもよくできた映画だけど、こんな後になっても評価されるとは誰も考えてなかったと思う。

カルト作品として、『レザボア』には熱狂的なファンがいます。異常なファンに会ったこととかはありますか?

その手の体験はあんまりないよ。今まで会ったファンは大抵、礼儀正しくて友好的な人たちだ。時々映画の中の台詞で話しかけてきたりするけど、せいぜいそのぐらいだね。

例の耳のシーンを、ファンの多くは『レザボア』を決定づけるシーンとして記憶しています。あそこの演技はあらかじめ詳しく指示されていたのでしょうか、それとも即興的なものですか?

実はクエンティンは、あのシーンについてはあんまり詳しく考えてなかった。俺もだ。あの曲は俺の希望だったんだけど、あのときクエンティン は曲の使用権が取れるかどうか分からなかったんで、他の曲も考えていた。撮影中もステレオかなんかで流してほしかったんだけど、映画に使えるかどうか分か らないから、けっきょくイヤホンで聴きながら踊ったよ。あのシーンはある日の午後に一気に撮って、ダンスも即興だった。

クエンティン・タランティーノと一緒に仕事をするのは、他の監督と比べてどうですか?彼は細かいところまでコントロールしたがるタイプでしょうか、それとも俳優に好きにやらせる方ですか?

どんな作品を撮る時でもクエンティンはすごい情熱を傾ける。で、役者にもそれが伝染するんだ。

最近彼とまた仕事をしたばかりですね。十年の間に彼は変わりましたか?今回はどんな役を演じられたのでしょう?

ちょうど新作 Kill Bill を撮り終えたところだ。俺はビルの弟役。クエンティンは変わってなかったね。相変わらず彼一流のスタイルがあって。

新作と言えば007シリーズの Die Another Day にも出演されたそうですが、そちらはどんな役だったのでしょう。

ああ、あれはほんの脇役なんだけど、あのシリーズには前から出たくてね、最初にオファーがあったのは途中で死ぬ役で、それは気が乗らなかったんで、もっと端役だけどちょくちょく出てくる役になった。続編では、もっと話に絡めるかもしれない。

↑たしかCIAの、話の分かる中間管理職の役で、ごく真っ当な背広組を演じていたのだが、私はいつ彼の目つきが変わって「尋問?俺に任せろ…」と言い出すかと思って、そ不安映画最後まで続くので、ある意味レザボアの時より怖かった。

さっき二重人格の話が出ました。今までいろいろな役を演じてこられましたが、どこか影のある、ミステリアスな役が多いですね。これはご本人の性格に近いのでしょうか?今まで演じた中で、どの役が一番本当の自分に近いと思いますか?

いや、俺自身は全然ちがうよ。役について言えば、まだ「これこそ自分だ」と思う役をやったことはないね。しかし、難しい質問だな …自分では『フリー・ウィリー』のグレンに一番近いと言いたいね。まああれは絵に描いたようなディズニー・パパだし、自分があそこまで完全 無欠だって自信もないけど。俺は息子が四人いて、あいつらが俺の生き甲斐なんだ。でも、まあグレンそのものにはなれないな。やっぱり、まだ自分そっくりの 役はやったことがないってことか。

父親であることは、俳優業に影響を与えていますか?仕事を選ぶときにも子供たちのことは考えますか?役者業が子育ての邪魔になることはありますか?

たしかに役を選ぶときに一線は引いてるね。大人向きの映画で子供たちに見せてないのはあるし、まあ急いで見せる必要もないし。確かに父親であるせいで、役者に徹しきれない部分はあるね。子供が人生の中心だから、あんまりムチャクチャなことはできないんだ。子供が第一だ。

『レザボア・ドッグズ』で一夜にしてスターになられた感がありますが、俳優として駆け出しのころはどうでしたか?

うん、『レザボア』以前にもいくつか仕事はしてたんだけど、やっぱりあれが断然出世作だね。あの役をやれて運が良かったよ、この商売は楽じゃないから。

若い俳優たちにアドバイスはありますか?

ああ、まず大事なのは、自分が本当に役者になりたいのかよく確かめることだね。その点にちょっとでも不安があるなら、やめることだ。新人の ころは本当にがっかりすることが多いし、後になっても失望はある。誰も助けちゃくれない。だからショービジネスって言うんだよ、ビジネスだから。もし役者 になりたいって絶対の確信があるなら、飛び込めばいい。でもいい役がもらえる前に、すごい苦労や落胆があることは覚悟しなきゃいけない。いい役なんて最後 まで来ないかもしれない。役者になりたい若い連中は無数にいて、ちゃんと演技ができるのもいればできないのもいる。実力があっても、結局芽が出ない奴もい る。そういう世界なんだ。

ヴェガ兄弟の映画の噂がどのぐらい本当なのか、ファンは気になっています。あれは本当なのでしょうか、本当だとしたら何か話していただけますか?

*『レザボア』のマドセンと『パルプ』のトラボルタは兄弟という設定なので、彼らを主役に映 画を作るという話。二人とも作中で死んでしまったので、作るとすれば前日譚しかないのだが、既に役者が二人とも老けてしまったのが問題であった。『キル・ ビル vol. 2』を完成させた後、タランティーノはしばらくメキシコに行って悟りを開き、今の彼らで映画を成立させる方法をたらしい。しかし、その方法についてタランティーノから説明を聞いてもマドセンにはサッパリ分からなかったそうだ。

その映画について、クエンティンと話してはいるよ。彼の構想では、トラボルタと俺がアムステルダムでクラブのオーナーをやってるらしい。クエンティンは Kill Bill と例の第二次大戦映画を片付けなきゃいけないから、あと二、三年はそっちにかかりきりだと思うけど、多分そのあとで作ることになるんじゃないかな。

*『ジャッキー・ブラウン』と『キル・ビル』の間にタランティーノが脚本を書いていた Inglorious Bastards のことだと思われる。ドイツ占領下のフランスが舞台の戦争映画なのだが、書いてるうちにどんどん膨らんで三部作になってしまったため、とりあえず別の小さな映画を一本作ろうと思って書きはじめたのが『キル・ビル』の脚本らしい。

6/27

ムーア監督Fahrenheit 9/11、 『オーガズモ!』の主人公が結婚式を挙げようとしていた大寺院のある町で見てきたっす。客は沢山入っていてブッシュのバカぶり(←社会生活がで きるギリギリのレベルだと思いますこの人)に大受けだったし、これをみんなが見てくれれば勝てる!と確信できる内容でしたが、問題は「片道三時間、車を飛 ばさないと田舎の人間には見られない」という現実ですね。『ガーフィールド』『ホワイト・チックス』みたいな最新の失敗作はポテト村のシネコンでもドバドバ見られるのに、なんでこれが上映できんかのう。やっぱり鋤を担いだ村の衆---どう考えても金持ち優遇のブッシュ政権下で一番割を食っている人々であるにもかかわらず---が焼き討ちにくるんかのう。


ポテト市内には一軒だけモンゴリアン・レストランがある。アメリカというところは日本料理の店でさえベニハナのように板前が包丁でお手玉し てくれたり、隣町の某店のように店の前では「異様にリアルなアメコミ絵のマッチョサムライ看板」(リアルすぎてヅラ線まで描き込んである。時代劇の写真を 見ながら、サムライのデコにはああいう線があると信じて描いたようだ。)が道行く人々に勝負を挑み、男便所のドアには等身大の肌脱ぎ侍、女便所のドアには 侍ワイフがハミ出るほどの迫力で描いてあったり、とにかく素晴らしいので、モンゴリアン・レストランにも私は激しく期待していた。当然のごとく店内には 「ジン、ジン、ジンギスカン♪」がエンドレスで鳴り響き、天井から吊るされた羊肉の塊を、全身に油を塗りたくった弁髪の巨人が「ぬうりゃっ」とモンゴリア ンチョップで切ってくれるに違いない…と心を躍らせていたのだが、店に入ってみればエプロン姿でイソイソと応対に出てきたのは知り合いの中 国からの留学生、しかも私が心中密かに「のび太くん」と呼んでいるK青年であった。店内を見回せば厨房でもカウンターでも、学内で見たことのある人たち が、いつもの顔で働いている。がっくし。ちっとは演出しろよ…


というわけでタランティーノの話はしつこく続くのである。今回のインタビューは彼の出世作『レザボア・ドッグズ』の製作中に Film Threat 誌のために行われたもので、当時まったく無名の新人だったタランティーノはインタビュアーで五歳年上のジョシュ・ベッカー(IMDb によれば、監督も脚本も端役も裏方も器用にこなし、サム・ライミの『死霊のはらわた』シリーズの全作品に関わっているのに『スパイダーマン』には縁がなく て、常に脚光から外れたところにいるタイプの人物)に、軽くあしらわれている。なにしろこのインタビュアーは肝心の撮影を見そびれているので、ここでのタ ランティーノは「どう見てもパッとしない、印象に残らない風貌のくせにミラマックスが異常に入れあげている新人」でしかない。そのせいか、やる気の感じら れないインタビュー部分より、その前後のベッカーの屈折した物言いの方が面白かったので、ほとんどそのまま訳してしまうことにする。映画業界には無数の人 間がいても、有名になるのは極々一部なわけで、その、光と影の擦れ違う瞬間が、なんかエエんですわ。


『レザボア・ドッグズ』の現場に着いたのは撮影の最終週で、主役級(ハーヴェイ・カイテル、クリス・ペン、ティム・ロス、ローレンス・ティ アニー)の撮影は全部終わって引き上げて行くところだった。撮影現場はサンランド・ロードをサンフェルナンドバレーの随分奥に行ったところで、そんな場所 が存在することさえ私は知らなかった。映画の宣伝担当者(低予算のインディペンデント映画に、そんな人間がつくことは珍しい)は、大きなトラックが沢山停 まっている(これも低予算映画としては異例)から、迷うはずはないと言った。しかし、サンランド・ロードの指定された交差点まで来てみても、とりたてて大 きなトラックもなければ撮影クルーの姿も見えなかった。私は酒屋の駐車場に車を停めて近所を歩き回った。ある建物の裏を入り込んだ路地で、ついに私は沢山 の大型トラックと撮影クルーを見つけた。「派手な赤い髪をしてます」と電話で聞いた広報担当者に会って、この映画のプロデューサーであるローレンス・ベン ダーの所に連れて行かれた。

彼が私の友人の映画をプロデュースして以来だから、ローレンスとは数年来の知り合いである。彼の依頼で私は脚本を一本書き、言われた通りにテキサスの投資家グループに送ったが、彼はそれから私の脚本料を元々約束された額の三分の二に負けさせた。今回、私が Film Threat 誌のよこしたライターだと知ってローレンスは仰天し、私がそのあたりの経緯を根に持っているのではないかと心配したようだ。べつに私は根に持ってなどいな かった。彼はプロデューサーとして行動しただけだ。ローレンスは、もう面白い部分の撮影は全部終わってしまって、今日はインサート(手や足などの短い ショット)を撮るだけだと言った。

それから私は『レザボア・ドッグズ』の脚本・監督であるクエンティン・タランティーノに紹介された。口の辺りがへこんだ、なにやら間の抜け た風貌の男で、まるで総入れ歯を外したところのように見えた。(もちろんそれは単なる印象で、彼にはちゃんと歯がそろっていた。)私は彼と握手した。

「初めまして」と私は言った。
クエンティンは明らかに当惑した。「前に会ったことあるよ。」
今度は私が慌てた。「え?どこで?」
ドレスデン・ルームDanger Zone Three の試写会の後。」

それは私たちの共通の友人が編集したものの、結局一般公開されなかった映画である。私は映画を見たあと何人かの人々といっしょにドレスデ ン・ルームに行ったことをはっきり覚えていたが、私ももう三十を過ぎて毎日少なくとも十万個の脳細胞を失っているわけで、細かいことはどんどん忘れるよう になっている。私は明るい笑顔で言った。

「もちろん覚えてるよ。」

クエンティンは嬉しそうな顔をして、インサートを撮るために立ち去った。

一週間ほど後、西ハリウッドの彼のガールフレンドのアパートで、わたしはタランティーノに会った。二時間のインタビューの後、私が帰りかけ たときになって、ガールフレンドとタランティーノと私は、ほとんど言い合いのような議論を始めてしまった。それを録音しなかったのが残念である。

ベッカー:この映画はワイドスクリーンで撮ってるんだね。
タランティーノ:うん、2:3.5 の比率だ。
ベ:1950年代に現れて以来、ワイドスクリーンというものは映画製作者を悩ませてきた。もともとワイドスクリーンに適した題材もあれば、そうでないものもある。
タ:この映画にはワイドスクリーンがぴったりだと思ったんだ。ワイドスクリーンと聞いてみんなが連想するのは、西部劇とか…
ベ:…『アラビアのロレンス』とか…
タ:砂漠とか、デスバレーとか。ワイドスクリーンは臨場感を高める。スクリーンはでかいし、観客はすぐそばに座る。登場人物や、彼らの世界に観客は誘い込まれる。
ベ:でも人物のクローズアップを撮ると、画面の横幅の三分の二は余ってしまう。
タ:いや、それがまたいいんだよ。
ベ:この映画は劇場公開するって話だけど、今時の映画はビデオの売り上げに依存している。ワイドスクリーンはどう処理するんだい?
タ:知ったこっちゃねえ。ビデオ販売なんて本当にどうでもいいよ。俺にとって大事なのは二つだけ、劇場公開と、レターボックスで出るレーザーディスクだ。ビデオはどうでもいい。
ベ:フリッツ・ラングに言わせると、ワイドスクリーンで撮るといいのは学校の卒業式と、蛇だけだってさ。(クエンティン、笑う)

(当時からインディペンデント映画の大スターだったくせにオーディションでの台本読みを極端に嫌がるティム・ロスをキャスティングした経緯についての話の後、映画冒頭のワイドスクリーン巨根話の最中にメモ帳ばかりいじっている、やや耄碌気味のギャングの雇い主を演じたローレンス・ティアニーの話になる。)

タ:…しかしローレンス・ティアニーは大問題だ。ローレンス・ティアニーは気違いなんだよ。あいつは表を歩かせちゃ駄目だ。ベルビュー精神病院で、常に投薬を受けないと。今度ノーマン・メイラーに会ったら、ぶん殴ってやる。ローレンス・ティアニーをキャスティングする前に、ニューヨークのアクターズ・スタジオのパーティーでノーマン・メイラーに初めて会ったんだよ。「(Tough Guys Don't Dance という映画で)ローレンス・ティアニーといっしょに仕事をしたことがありますよね。彼を使おうかと思ってるんですが。」と言ったら、あいつは「いいかい、 あいつを使うと20%ほど仕事が遅れるよ。もしそれでも良ければ、使うといい。」ファック・ユー、ノーマン・メイラー!20%じゃなくて80%じゃねえ か!20%なんてデタラメはどっから出てくんだ?友達に「ローレンスに喧嘩でも売られたのか?」訊かれたけど、そんなんじゃない。ローレンスは俺を気に 入ってる。いい奴だよ。個人的に俺に突っかかるとかそんなんじゃない。ただ、あのオッサンは映画を作ると言う行為そのものに喧嘩を売ってるんだ。

ベ:それはどういう意味で?

タ:頭がおかしいんだよ。あいつは気違いだ。話して通じる相手じゃない。神経衰弱を起こすようなタマでもないね。撮影があった夜に、あいつ は家に帰ってからべろんべろんに酔っぱらって、アパートの部屋で .357マグナムを撃ちやがった。弾丸が隣の家族が寝てる部屋に飛び込んだんで、あいつは留置所に入った。保釈の手続きをして連れ戻したよ。まだ確定して ないけど、合わせて五年ぐらいの刑を喰らってるはずだ。四十年ぐらい前からいろいろ犯歴がある。重犯罪もやってるんだから、だいたい銃なんか持たせちゃ駄 目だ。ローレンス・ティアニーの武勇伝はまだまだ続くだろうね。

ベ:でもタランティーノ篇は終わったと。

タ:もしこの映画が役目を果たせばね。つまり世間に見てもらえさえすれば。ローレンス・ティアニーは新しい人生が開けるかもしれないよ。まあムショに入ってなきゃの話だけど。

ベ:かもね。当たればきっと仕事が来るよ、コインランドリーの店番とか。

タ:ひでえな。まあ、皿洗いとか。

後記

それから二、三週間経つか経たないかのうちにクエンティン・タランティーノと『レザボア・ドッグズ』は世間の話題をさらった。私は愚かにもローレンス・ベンダーに電話して、新しい脚本を読んでくれと言った。
「あんた、気は確かか?」ベンダーはあきれた。「俺を泥棒呼ばわりして、クエンティンは不細工だと書いただろう。」
「いえ」私は訂正した。「クエンティンは間抜けな顔だと書いただけで。」
「いいから消え失せろ!」ローレンスは一方的に電話を切った。
どうやら私は自ら墓穴を掘ったようだ。

ジョシュ・ベッカー 1992

6/21

今朝ナワーフ君がメールで送ってきた、反ブッシュ運動用のステッカー。「クリントンが嘘をついた時は、誰も死んだりしなかった。」いや全くその通りで。人間って概してチャチな嘘より致命的な大嘘に騙されるんだよな。


いつも着ぐるみ着てすごい人が
めずらしく半分脱いで煙草を吸っていたので
声をかけようとしたら
背中が割れて中からまた別のものが…


The Quentin Tarantino Archives というところに、タランティーノや関係者の面白いインタビューが沢山あった。とりあえず今日はドニー・イェンと、『フロム・ダスク・ティル・ドーン』その他でタランティーノとよくいっしょに仕事をしているロバート・ロドリゲス監督の記事から、ナイスなお言葉の数々を。

まずは、2001年にタランティーノの尽力で『アイアンモンキー』が全米公開されたとき Kungfumagazine に載った、主演のドニー・イェン兄貴のインタビュー。前年にアメリカでカンフーはもちろんアクション映画の枠も完全に越えて大当たりした Crouching Tiger, Hidden Dragon (こと『グリーン・デスティニー』こと『臥虎蔵龍』)への無謀なライバル意識がむき出しで楽しいので、ツッコミを入れながら読むのがよろしいかと。どうも英語でインタビューに答えたようなので、異様な迫力のある独特の言葉遣いもなるべくそのまま訳してある。

----8年も前の作品で、アメリカでの知名度が一気に上がりましたね。

ドニー・イェン:興奮してます。香港出身のカンフー映画の作り手として、我々の最大の望みは世界中の人々に我々の映画を見てもらうことです。今なら興行的にも当たるし、ちょうど Crouching Tiger の ように世界中で評価を受けることもできます。アジア系の役者は(アメリカ映画では)いつも似たような役しかもらえません。でも毎週金曜にカンフー映画の新 作が五本公開されるようになれば、私はハッピーな男になるでしょう。アメリカの映画界はようやく香港に追いついたようで、香港の手法を取り入れて『マト リックス』を作りました。あれはいい映画だったけれども、一般の客には香港とのつながりが分かったかどうか。Crouching Tiger は、私はあまり好きじゃないんですが、中国語圏の映画に対する世界の評価を高めたことは素晴らしいと思います。

あれ(Crouching Tiger) が何も斬新な作品じゃないということをあなたが知っていることを私は知っています。ロマンスの要素が特に評判になっているけれども、あれも新しくはない。『方世玉』の方がロマンチックでした。まあ、私はどうしてもあのジャンルに詳しすぎるので点が辛くなっちゃうんでしょうね。現実には、他の沢山の香港映画が越えられなかった壁を、Crouching Tiger は越えたわけです。あの映画を見て劇場から出るとき、私は考えていました。「もしユエン・ウーピンが武術指導だけではなく映画全体を監督していれば、どん なに違う映画になっただろう。たとえ脚本が同じだったとしても、もっとユーモアのある---シモネタとかベタな笑いとか---映画になっただろうし、それ でもっと面白い映画になったかもしれない。」でも映画館から出てくる人々は口々に、「おお、なんとロマンチックなのでしょう」と言ってました。アメリカ映 画が失ってしまったメロドラマ的要素が、中国語圏の映画にはまだ残っているんでしょうね。


インタビューはまだまだ続いて、後半はミラマックスを説得して『アイアンモンキー』公開に漕 ぎ着けるまでの苦労についてタランティーノが喋るのだが、とりあえずここまで。しかし、なんでそこでわざわざ『方世玉』みたいなバカ映画を選びますかド ニー兄貴は。そこまでアン・リー監督が憎いんですか、それとも天然ですか、それとも中国語圏では本当にああいうのがロマンチックなんですか …だいたい香港式のベタネタなんかやったらアメリカの一般客はみんな逃げますって…

というわけで次はロバート・ロドリゲス監督である。『スパイキッズ』のころだから2001年のインタビューだ。さすがにこの人はドニー兄貴に比べると言ってることがずっとまともで安心する。開かないドアは蹴って開けろ、か…


『スパイキッズ』はアントニオ・バンデラスと作る三作目になりますね。彼とはどういう関係なんですか?

ロドリゲス:彼は良き友人で、仕事熱心で…そしてスポンサーにとっては映画の成功を保証してくれる人物です。名前だけでいい 宣伝になる。大多数の観客にとっては、ロバート・ロドリゲスはどうでもいいんです。アントニオの顔がポスターに出ているのを見ると、みんな彼が映画を作っ たと思うみたいだから。(おお、まるでVシネマ界における竹内力のような…)

ハリウッドにはラテン系の人脈があったりするんですか?

ロ:で、みんなでキャンプファイアの周りでギターを弾くとか?ないですよそんなの。単に気の合う連中で集まっているだけです。もちろんアン トニオや、神聖なるサルマ・ハエックといっしょに映画を作るのは大好きです。でも『パラサイト』みたいな映画に興味を持ったときには、脚本に白人しか出て こないからと言って断ったりしませんね。

どうしてサルマ・ハエックは『スパイキッズ』の母親役じゃないんですか?『デスペラード』のあとで、もう彼女無しには映画を作れないとおっしゃってたような…

『パラサイト』のときから、もう彼女のスケジュールを押さえるのは大変になってました。むっちゃくちゃセクシーな看護婦の役で、なんとか出 てもらえましたが。でも今回は彼女にぴったりくる役がなかったし、時間もなかった。彼女はすごい売れっ子になってしまいました。困ったことですが。じっさ い監督が何にもしなくても、サルマのセックスアピールが画面に出てくるだけで、どんな映画も10%は良くなりますからね。

たまには家族サービスも?

そうですね、息子が三人いますから。実は大家族を持ちたいと昔から思ってたんですよ、制作スタッフに身内を沢山使えるから。家族を雇うと便利です。遅刻しないし、仲間に引っ張り込んでしまえば仕事の邪魔にもならない。

もう息子さん達を使っているんですか?

間接的には。例えば長男のロケット・ヴァレンティノの泣き声をDATで録音して、コンピュータで処理して、『パラサイト』の最後の宇宙生物の声として使ってます。

奥さんは怖がりませんか?

逆ですよ。彼女は私の映画のプロデューサーですから、私が金をかけずに効果音を作ると喜びます。妻は知ってますからね、うちで一番大きな子 供は私だって。それが私の長所です。子供みたいに好奇心が強くて夢にあふれていることが。スーツを着た怖いおじさん達の言うことは聞きませんし。

そういう製作姿勢だと、いろいろ問題が起きませんか?

最初はいろんな人に言われました、ラテン系はハリウッドで絶対に成功できないって。嘘ですよそんなの。ドアが閉まってるなら、蹴ッ飛ばして開けるのが一番だ。ただし一旦開けたら、蹴り続けないとドアが戻ってきて顔にぶつかりますね。

監督として成功した後で、決断して一番良かったことは何ですか。

プライベートに関しては、結婚ですね。仕事の上では、『ワイルド・ワイルド・ウェスト』とか『スーパーマンの復活』とか『猿の惑星』みたい な大作の話を蹴ったこと。ああいう超大作を作るとなると、自分が持ってるビジョンは最初から全部捨てて、スポンサーのハンバーガーを売るのが仕事になりま すから。

昔からそんなに自信家だったのですか?

いいえ。学校に通っていたころは暗黒時代でした。姉たちは学業もスポーツも優秀でしたが、私はそんなのは全部嫌いで、マンガを描いてました。 Los Hooligansという作品は、何年も後になって(テキサス州)オースティン市の新聞に載りましたね。

今もそこにお住まいですが、ジョージ・W・ブッシュに会ったことはありますか?

会ってません。彼がテキサス州知事だったころ、彼からは何も言ってきませんでした。ま、彼はまた三年でワシントンから戻ってくると思いますけどね。

6/15

なんだか知らんが、とりあえず明るいところではっきりさせてほしいぞこういうのは


「文章の、理想は…そうよの、緑茶に一滴の幻覚剤を垂らしたかの如き…」そう呟きながら露伴先生が湯呑みに注いだ金色の液体はとても一滴などというものではなく、私はどうしようかと思いました。


人間は何だか分からない事情で生まれて
ここにいる
猫も何だか分からない事情で生まれて
ここにいる
いつか死ぬまでの無聊を慰めるために
白菜と豚肉の煮物を作ったら
味付けの前にちょいと猫にやるのだ
なんかこういう割とちゃんと作った煮物を
猫がきちんと前足をそろえて
ちまちま食べているのを眺めるのが好きなのだよ私は
青い魚の形をしたこのお皿は
例の台湾人のお嬢さんが憧れの日本に渡る前に置いて行ったのだ
今生の別れかのぉと思っていたら
なんか彼女なりに見るべきものは見たらしくて
あっさり戻ってきちゃったよ
ここで大学を終えてアメリカか台湾で仕事を探すそうな
わしもそれがいいと思う


「こんな事を書くとロリコンだと思われそうだが…」という前置きで始まる文章は概して、続きを読めば読むほど 「…だからそういうのをロリコンと言うんでしょーが!」と突っ込みたくなる代物だ。あれは意図的なギャグなのだろうか。例のサウスパークの 人が主演監督した「オーガズモ!」という映画には、主人公と顔を合わせるたびに「こんなこと言うとゲイだと思われるかもしれないけど…きみ のお尻って素敵だよね!」みたいなことを言うカメラマンが出てくる。もちろん彼の発言は登場のたびにエスカレートして行き、最終的には「こんなこと言うと ゲイだと思われるかもしれないけど、僕はきみと肛門性交したいよ!」に至るのである。ギャグのつもりなら、このぐらいのことは書いていただきたい。

6/11

二年ぶりに山田ムービーの新作が完成しました。サントラも頑張って作ったので、職場で見ている人は是非ボリューム全開で、みんなでヘドバンしてね。

ダイアルアップ用 (.mov フォーマット 1.2MB)

専用回線または根性ある人用 (.mov フォーマット 3.6MB )

「おまえのような変態を待っていた。」仕様(MPEG4 フォーマット 4.5MB)


もう半年以上前の画像ですが、サニー千葉先生の晴れ姿。アメリカのファンはショックを隠しきれない模様…


「ラスト・サムライ」

1867年の大政奉還のことは、どんな日本史の教科書にも載っているが、ではいつ江戸幕府が完全に消滅したのか、正確に知っている人は少な い。これは都庁の職員も一部しか知らない事だが、あの巨大な建造物の奥深くには今も葵の紋の付いた小部屋があって、公務員試験などとは全く無縁な方法で採 用された幕府の職員が数人、チョンマゲに裃姿で、全国に残る大名家や徳川家の資産、日光東照宮の管理などに関する業務を淡々とこなしているそうだ。なぜ私 がそんなことを知っているのかと言えば、そんな役人の一人が私の実家の大家だからだ。

数年前私の両親が定年後を過ごすために引っ越したマンションは、木造二階建ての上に60階の今風のマンションを継ぎ足した異様な建物であ る。滅多に空を見上げない近所の婆さんなどは今もそれを木賃アパートだと思っているし、遠くからマンションを眺める人々は、足下がそんなことになっている とは夢にも思わない。このまえ実家のトイレで用を足したあと、水が流れる音を聞きながら小窓から道路を見下ろすと顔見知りの猫がいたので手を振ってみた ら、私の手と頭の影がちゃんと数十階下の地面に映るのが面白かった。台風の近づく、荒れ模様の晩で、木の葉の影が私の手といっしょにアスファルトで揺れて いた。

宝暦の頃からずーっと小役人と大家をやっていると評判のこの老人は、とうの昔に妖怪の域に踏み込んでいる。生き霊を飛ばして他人を操るな ぞ、お手の物だ。先日も諸星とかいう青年が乗り移られて、大騒ぎになったと聞く。それを私は近所の噂として親から聞いたのか高橋留美子のマンガで読んだの か、どうもよく思い出せない。

これより前

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