もうひとつのマトリックス・リローデッド


えー、その、二週間ほど前に村の映画館で The Matrix Reloaded を見てきたんですが…なんだか前作から立ち昇っていたオーラが消えたっちゅーか…まあ一応ちゃんと作ってあるとは思うんですけど…要所を全部CGでごまかしたカンフーって、要するに三年後の格闘ゲームのデモ画面だけをずーっと見せられてるみたいなもんなのでは…いろいろ理屈をこねてる割に、なんかすげえ頭悪くて(相手は飛べないって分かってんだからさー、最初から飛んで逃げりゃいいじゃん、とか)理屈とアクションにまるで関係がないし…最後に説明のためだ けに出てきた髭オヤジが全部言葉で説明して終わりってのは、いくらなんでも映画として物語として余りにアレなのでは…

そんな悩みを抱えて生きていたある日、www.simplyscripts.comというサイトで私はこの映画の初期の脚本と称するものを見つけたので あった。2002年春にネット上に流出したこの脚本は、もちろん非公式のもので、ウォシャウスキー兄弟が本当にこれを書いたという保証もないのだが、困ったことに私にとっては映画よりずっと面白かった。ごく基本的な設定を除けば、これは映画化されたものとは全く別の物語であり、確かにウォシャウスキー兄弟 は当初こういうものを作りたかったのだと私は思う。残念ながらハリウッドのスーツ連中がこの脚本を拒否した理由は嫌というほど沢山思いつくのだが、このま ま埋もれさせるには惜しい作品なので、ここに全訳を掲載する。





THE MATRIX RELOADED



 

Written by
Andy and Larry Wachowski

 

April 8, 1999

 

フェード・イン:

黒く焼け爛れた空の残滓の下の、どす黒い雲。私達が黒い大気の上をグライダーのように滑ると、風の音が聞こえる。

私達はその暗黒の中へとダイブする。いくつもの雲を突き抜け、さらに暗い地表の世界、現実世界の砂漠へ。朽ち果てた都市の残骸が一面に散らばっている。地表にできた裂け目に私達が近付くと、複数のホバークラフトのエンジン音が次第に聞こえ始める。青い閃光が裂け目の中から激しく瞬く。無線の音声。はじめは聞き取れないが、私達が裂け目に近付くにつれて、はっきりと聞こえ始める。

女(声のみ)
「六時方向、距離三百メートル。振り切れない。」

男(声のみ)
「分かってる。こんなお荷物を抱えてちゃ、無理だ!捨てちまおう!」

傍受された警察無線のように、いくつかの声が入り交じる。女はナイオビ、先頭を行く船セフォラの艦長である。

ナイオビ
「それは駄目。艦内はまだ生きているし、クルーの中には『救世主』がいるわ。」


「やれやれ、我らが救い主か。本物ならいいけどな。」

ナイオビ
「とにかく地表に出るのよ。根性見せなさい!」

裂け目から漏れる青い光が、突如画面を圧倒する。緊密な編隊を組んだ三機のホバークラフトが轟音と共に裂け目から飛び出し、ほぼ垂直に上昇していく。まるで三両の巨大な蒸気機関車が、一列に連結されたまま空へと駈け上がるように。先頭と最後尾のホバーのエンジンから噴き出す青い光で、彼らが出力を極限まで絞り出しているのが分かる。その二隻に前後を守られて、黒く焼け爛れ、船体を切り刻まれて行動不能のネブカドネザル号が曳航されていく。三つの船はロケットのように上昇し、その頂点に達して減速する。

ナイオビ(声のみ)
「ウォーーーホーーーーー!」(吼える)

ホバーの群れはそこから急降下し、地表に激突する寸前で水平飛行に移る。繋がれているだけのネブカドネザルは激しく揺すぶられる。

男(声のみ)
「まだ追ってくるぞ!」

地表の裂け目からホバーを追って何かが飛び出す。イカ型ロボットの大群である。

室内。ネブカドネザル号操縦席

ネブカドネザルは操縦席を後方に向けたまま、二艘のホバーの間にぶら下がっている。トリニティー、モーフィアス、タンク、そしてかつてトーマス・アンダーソンであったネオが、そこにいる。なすすべもなく地表の風景は高速で飛び去り、赤い目のイカどもが追いすがってくるのが見える。

ネオの覚醒から、まだわずか二日であった。満身創痍の船体が掻き乱した空気は口笛のような音を立てて激しく船内に吹き込んでくる。寒さと疲労とストレスに打ちのめされたクルー達は、半ば破壊された船の中から成り行きを見守るしかない。

モーフィアスはヘッドセットをつけている。

モーフィアス
「ナイオビ、やつらが接近してくる。」

ナイオビ
「何匹居るの?」

モーフィアス
「ほんの少しだ。二、三匹…多くてもせいぜい百匹。」

屋内:セフォラの操縦室

美しさと威厳を兼ね備えたナイオビは、年下の副操縦士の女性と共に操縦席に座り、暗い地表すれすれを駈け抜けていく。目に入る計器類は、すべてレッドゾーンを示している。

ナイオビ
「控えめに物を言うのが上手ね。」

屋内:フリーダム号操縦室

編隊の最後尾で、前方が見えないまま盲目飛行を続ける船長のシルエット。操縦席はナイオビの船のエンジンが噴出する青い光で満たされている。

副官の女性のシルエットが、レーダースクリーンに手を伸ばす。その時、むき出しの肩に白い兎のタトゥーがあるのがはっきりと見える。

二人はスクリーンをレーダーに切り替える。イカどもがすぐ後ろまで迫っているのが分かる。


「ちきしょう、やっぱり駄目だ。着陸してEMP兵器を喰らわしてやろうぜ。」

ナイオビ(声のみ)
「相手が多すぎる!」

屋外:フリーダム号の船体

追いすがるイカが、触手を伸ばして船体にガッチリと取りつく。レーザーの刃が飛び出し、船体を刻み始める。

屋内:セフォラ号操縦室

男(声のみ)
「捕まった!くそ!出力ダウン!」

ナイオビの副官のたくましいアジア系女性シルカが、操作盤上のなにかに気付く。

シルカ
「複数の飛行体が接近中!」

ナイオビ
「分かってるわ。」

シルカ
「前方からです!」

ナイオビは暗澹たる表情で前方の空を見つめる。

いくつかの物体が高速で迫ってくる。

シルカ
「あれは…」

言い終わる間も無く、迫り来る戦闘機の一群は一斉にミサイルを発射する。遠くから見ると、それらは炎に縁取られた黒い瞳のようだ。はじめは何なのか分からないが、セフォラの操縦席めがけて炎の尾を引き、空を切り裂くように直進してくるのでミサイルだと分かる。

シルカはとっさに上体を伏せるが、ミサイルは何事もなく操縦室をかすめてゆく。

屋内:ネブカドネザル号操縦室

後ろを向いたままの操縦室を、ミサイルの大群がかすめてゆく。着弾寸前に弾頭が分裂したと思うと、ミサイルはイカどもに襲いかかった。イカどものあるものは粉々に爆砕され、あるものは炎に包まれて大地に激突する。

屋内:セフォラ号操縦室

ナイオビは安堵の溜息をつく。副官が伏せていた顔を上げると、ホバー戦闘機「ディフェンダー」の編隊が後方へ飛び去っていくのが見える。ミサイルと複数の回転レーザー砲塔で隙もなく身を固めた戦闘攻撃機のなめらかな機体は、エンジンから巨大な青い炎を噴き出している。

ナイオビ
「あれは味方よ。」

ディフェンダー一番機 (声のみ)
「頑張れ、いま軽く掃除してやるから。」

屋外:地表

ディフェンダーの編隊がイカどもを手早く片付けていく。フリーダムの船体に取りついていた半ダースほどのイカは、小気味よいレーザー射撃で鉄屑になり、引きはがされる。生き残ったイカは、反転して逃げていく。

屋内:ネブカドネザル号操縦席

後方に遠ざかっていく一方的な空中戦を見送りながら、クルー達は一斉に安堵の溜息をつく。

ネオは操縦室の片隅の緊急用の手摺を握りしめている。窮地を脱したのが分かると、ネオは手をゆるめる。船は突然洞窟に飛び込み、下降し始める。船から発する青い光で、岩石で作られた壁やパイプが見える。地中へ降りていくに従って、船は減速する。

こわばっていたタンクの肩が緩み、彼は椅子の背に体を預ける。

タンク
「わが家に戻ってきたな。」

トリニティー
「まだ早いわ。でも、もう防護壁の内側ね。」

ネオ
「防護壁?」

モーフィアス
「ザイオンを守る、同心円状の防衛線だ。戦闘機のおかげで一番外側のリングを通過できた。」

ナイオビ(声のみ)
「ネブのみんな、もう大丈夫よ。」

モーフィアス
「まあ、とりあえずはな。ザイオンまでは、まだまだ長いぞ。」

フェードアウト

そして

フェードイン:

トリニティーの船室。はじめはダイアモンドのような星々が黒いベルベットを背景に瞬くのだけが見える。私達は闇から日没、そして日没の直後のようなダークブルーへと降りてゆく。その絵画は部屋の周囲を巡る金属の環のところで終わっている。殺伐とした船内の、そこだけは居心地のいい場所。レジスタンスとして闘っている間に収集したさまざまなものが、部屋のそこここを飾っている。編み機の上に、編みかけのセーター。愛する人々を描いた、木炭の肖像画。

柔らかな光に照らされて、船室はかすかに揺れている。ネブカドネザル号はまだ曳航されているのだ。ネオはトリニティーのベッドの上で、壁にもたれて座っている。かたわらでトリニティーは猫のように体を丸めて、ネオの膝に頭を乗せている。

ネオは眠れない。正面の壁を見つめる。そこにはかつてのクルーたちの記念写真がある。トリニティーは写っていない。笑いさざめきながらテーブルを囲む彼ら。モーフィアス、タンク、ドーザー、スイッチ、イーポック、マウス。ネオの視線はサイファーの笑顔のところで一瞬立ち止まる。そしてもう一人、見知らぬアジア系の男が写っている。どこか身を引くように、寂しげなたたずまいだ。

トリニティーの頭をそっとベッドに下ろしてネオは立ち上がり、その写真を詳しく観察する。

トリニティーはまどろみから覚める。

トリニティー
「あの写真はもう外すわ。サイファー…」

ネオ
「これは誰だい?」

トリニティー
「どの人?」

ネオは見知らぬ男を指さす。

トリニティー
「ああ、それは…私、名前を忘れちゃった…」

ネオ
「彼はどうなった?」

トリニティーは沈んだ表情になる。
「作戦中に…」

ネオはベッドに戻って腰を下ろす。表情が暗い。トリニティーは完全に目を覚まして、身を起こす。

ネオ
「彼は、おれに似てたのか?」

トリニティーはうなずく。

トリニティー
「でも、あなたそのものじゃない。似てただけ。他にも何人かそんな人がいたのよ、ネオ。」
「眠くないの?」

ネオ
「いや。もともとあんまり寝る方じゃない。」

トリニティー
「知ってる。何日も眠らずにハッキングしてるのを見てたから。」

ネオは問い質すような目で彼女の方に向き直る。

ネオ
「『救世主』は今まで何人いたんだ?」

トリニティー
「数は問題じゃないわ。」

ネオは意見が違うようだ。

トリニティー
「あなたこそが救世主よ。そしてあなたは私のもの。」

ネオ
「でも、救世主だってことは何を意味する?」

トリニティー
「知らない。私たちの任務は、あなたを見つけることだったから。」

ネオ
「じゃあ、これからどうする?」

トリニティー
「これからザイオンが私たちに新しい任務を与えるのよ。」

ハッチが開く。モーフィアスが覗き込む。

モーフィアス
「そろそろ着くぞ。五分後に集合してくれ。」

ハッチを閉めて、モーフィアスは消える。

ネオ
「いつもノックしないのか?」

トリニティー
「自分の船ではね。」

数分後:

屋内:ネブカドネザル号メインデッキ

クルー達は揺れる船が停止するまで、隔壁や備品に掴まっている。外ではホバーエンジンの音が小さくなっていく。タンクがメインハッチのロックを外すと、船が壊れたせいで電力の通っていないハッチは何の支えもなく滑走路に向かって倒れ、周囲に響き渡るようなけたたましい音を立てる。音に驚いてタンクは跳び上がる。

数分後: 屋外:ザイオン 滑走路

滑走路は慌ただしく混雑した軍事空港である。大小さまざまなホバークラフトが敷地内に散らばっている。空港全体が薄暗く照明された巨大な洞窟の中にあるが、天井は高すぎて見えない。男女の職員が走り回って、戦いで傷ついた機体を整備している。弾薬その他の物資が滑走路上をカートで運ばれたり、ロボット化された機械で移動している。ネブカドネザル号や、ボロボロになったクルーに注意を払うものは誰もいない。

近くにセフォラとフリーダムが着陸している。エンジンは停止し、ハッチは正常に作動してゆっくり開く。クルーがぞろぞろと出てくる。

ナイオビはいそいそとモーフィアスの側にやってくる。モーフィアスも笑顔で彼女に歩み寄るが、二人は素早く軍隊式の作法に戻る。しかし二人とも笑顔がこぼれるのを抑え切れない。

モーフィアス
「ナイオビ…」

彼女はモーフィアスの手を取って握手する。手の動きがゆっくりになる。
「M。」

モーフィアス
「救助に感謝する。」

二人はさらに接近してキスしようとするが、その時フリーダム号の船長が二人の間に割って入る。

彼の名はチョイ。ネオの近所の住人を装い、ハッキングに金を払っていた男である。元気が良すぎてネブカドネザルを捨てようとしていたことも忘れたのか、モーフィアスの目の前に顔を突き出す。

チョイ
「今回のはでっかい貸しだぜ。俺たちが命がけで助けてやったのに、もうこれだもんな。」

ナイオビはモーフィアスに笑いかけ、チョイが自画自賛する間に離れて行く。モーフィアスはこの他愛もない同僚の話に付き合うことにする。

チョイ
「あんた、とうとう救世主を見つけたんだって?これで何人目だい?」

チョイの副官ドゥジュールが、画面外の何かを見つめながら二人の会話に割って入る。

ドゥジュール
「バカ、私たちだって手伝ったじゃないの。モーフィアス、よく御無事で。」

チョイ
「はあ?」

チョイはドゥジュールの視線の先を見る。ネオに目が留まる。ネオはタンクと、そのガールフレンドらしい女性のそばで、二人を見ている。ガールフレンドが、兄弟を失ったばかりのタンクを慰めているようだ。ネオはチョイとドゥジュールをチラと見返すが、二人の凝視にただならぬものを感じて、ぽかんとした顔でもう一度二人を見つめる。

ネオ
「あんたたちは…」

チョイは素早く態度を取り繕う。

チョイ
「直接顔を合わせるのは初めてだな。」

ドゥジュール
「現実世界にようこそ、ネオ。何とか連れてこられて良かったわ。」

チョイ
「どう思うドゥジュール、彼も誘うかい?」

ドゥジュール
「もちろん。」

チョイ
「なあ、モーフィアス?」

ナイオビやザイオンの職員と話していたモーフィアスが振り返る。モーフィアスはトリニティーに声をかけ、他のクルーにも目をやる。

モーフィアス
「では自由行動を許可する。21時に『やくたたず』で会おう。酔ってても素面でも構わん。」

屋外:ザイオンの街路

巨大な切り立った崖に挟まれた谷底のような通りである。岩壁はほぼ垂直で、はるか上空でアーチ形に繋がっている。道の両側には岩を削って作られた無数の店が軒を並べ、その上にはアパートやバルコニーが幾層にも重なって天井まで続いている。人々が通りを流れてゆく。彼らの衣服はホームスパンやデニム、革などで作られているが、華やかな色の服は見当たらない。家々の窓やドアの周りには、堅牢な花崗岩の上に細かな美しい模様が刻まれている。

チョイ・ドゥジュール・トリニティーや他のレジスタンス戦士達に連れられて、ネオは通りを歩いてゆく。人種や民族の垣根が取り払われた雑多な人込みを掻き分けるように。

チョイ
「どうだい?これがおれたちの街さ。ここがメインストリートだ。まあ他にもあるけどな。ここの住民は、ほとんど全員が戦士だ。時には子供さえ。」

通りに向かって開かれた作業場で、少年少女が小さな機械を組み立てているのが見える。

チョイ
「おれたちは力を合わせて人類の解放を目指している。ほら、解放されたばかりの連中が歩いてくるぞ。」

性別不明の坊主頭の一団が、おぼつかない足取りで通り過ぎる。彼らはネオを見て、彼もまたマトリックスから解放されたばかりの同類であるのに気付く。

ネオ
「あの連中はどこから来たんだ?」

チョイ
「この前の任務で、発電所を襲撃したんだ。電源に使われていた人間の一部は助けることができた。」

ネオ
「どうやって彼らをマトリックスの幻影から解放する?」

トリニティー
「簡単には行かないわ。」

ドゥジュール
「たいていは一生そのまんまよ。」

一向は「やくたたず」というクラブに足を踏み入れる。船乗りたちの集まる怪しげな安酒場だ。沢山の酒樽、注ぎ口から流れ出るビール、そしてラム酒。他の船のクルーがネオの仲間達に気付き、挨拶を交わしながらネオをちらりと見る。ネオたちは片隅のブースに席を占める。ウェイトレスがやって来る。

ウェイトレス
「お帰りなさい、同志の皆さん。今日着いたばかり?」

チョイ
「そうだよ、かわいこちゃん」

ウェイトレス
「じゃあ今日は店の奢りね。ラムを四つでいいかしら?」

トリニティー
「八つにして。」

ウェイトレスはニヤリと笑って立ち去る。トリニティーはチョイの方に向き直る。

トリニティー
「そっちは何人やられた?」

チョイは煙草に火をつけて、深々と吸い込む。

チョイ
「二人。サイドワインダーとレフトライト。」

ドゥジュール
「サイファーが裏切ったなんて信じられないね。あのバカタレ。」

チョイ
「信仰を失ったのさ…」

ドゥジュール
「ネオ、あなたの闘いぶりを見せてもらったわ。なにか悟りでも開いたの?」

ネオは肩をすくめる。

ネオ
「おれに分かってるのは、スミスをやっつけたってことだけさ。」

チョイ
「ジーザス、まったく今までが長かったぜ。あいつもそろそろくたばり時だ。」

ドゥジュール
「そう、私達、やっとエージェントに勝てたんだよね?」

チョイ
「こっちが298人殺されてやっとエージェント一匹ってのは、まあ悪い記録じゃないよな?」

飲み物がやって来る。背の高いラムのグラスだ。

チョイが自分のグラスを高々と差し上げる。一同も乾杯のためにグラスを上げる。

チョイ
「我らに自由を、さもなくば死を。」

全員(ネオ以外)
「我らに自由を。」

一同はラムを一気にあおり、からになったグラスをテーブルに叩き付ける。一方ネオは一口すするにも苦労している。

ネオ
「うわ、どうやったらこんなの飲めるんだ?」

トリニティー
「一度も酒を飲んだことが無いのね。」

ドゥジュール
「現実ではね。」

チョイ
「救世主専用の酒があるのを知ってるかい?」

ネオ
「え?」

チョイ
「薬用救世酒。」

ドゥジュール
「ネオ、他にも体験しなきゃいけないことがあるでしょ?」

彼女はトリニティーに目をやる。トリニティーは座席に深くもたれて、込み上げてくる笑顔を抑えようと明後日の方向を向く。チョイが大声で笑い出す。

ネオ
「ああ。」

ドゥジュール
「そうよ、まだしたことないんでしょ。」

チョイ
「バーチャルでやった分は数に入らないぜ、ネオ。あんなのはファッキン無効だ。」

ネオ
「えーと。じゃあそれに乾杯しよう。」

チョイ
「では、乾杯。」

今度はネオも仲間と同じように一気にグラスを空ける。むせて酒を噴き出すネオを見て、仲間や酒場の客たちが声援を浴びせる。

屋外: ザイオン、メインストリート

モーフィアス
「船長になった気分はどうだ?」

ナイオビ
「気分はいいけど、大変ね。責任重大だから…」

二人は「やくたたず」の前で足を停める。

モーフィアス
「船長ってのはクルーの母親と父親の役を両方こなさねばならんからな」

ナイオビは頷き、酒場の中を覗き込む。中ではクルーたちが飲めや歌えの大騒ぎを繰り広げている。

ナイオビ
「いまはどっちを演じるの?母親?それとも父親?」

モーフィアスも覗き込んで、笑顔を見せる。
「やつらが無茶さえしなければ、私はただの兄弟だ。」

屋内:「やくたたず」

ネオは一人酔い潰れているが、他の連中は単に気持ち良く出来上がっている。ネオはまるで父親の酒蔵に忍び込んだ子供のようだ。

チョイ
「で、もう一度二人でマトリックスに戻って、モーフィアスを助け出したってわけかい?」

トリニティーは頷くが、自分でも信じられないようだ。テーブルに突っ伏していたネオが頭を持ち上げる。

ネオ
「スミスの野郎を…ぶ、ぶちのめしてやったぜ。」

チョイはモーフィアスとナイオビが近付いてくるのをちらりと見る。

チョイ
「おいネオ、他にも誰かやっつけたのか?モーフィアスとか?」

ネオ
「モーフィアス?ああ、あのオッサンもぼてくり回したぜ…」

モーフィアスがやって来て、最後の部分だけを聞く。彼は笑って、ネオを見下ろす。

モーフィアス
「そうか、ぼてくり回してくれるか、ネオ」

ネオ
「もちろん。いつでもいいぜ。」

モーフィアスはネオの額を掌で軽くたたく。ネオは焦点の定まらない目でまばたきして、ブースに倒れ込む。モーフィアスは一同の前に立つ。

トリニティー
「タンクはどうしてる?」

モーフィアス
「彼は母親のそばにいてやらねばならん。ドーザーは、彼女がこの戦争で失った二人目の息子だ。」

モーフィアスの言葉で、一同の表情が引き締まる。

モーフィアス
「ネブカドネザルは少なくとも一ヶ月は使い物にならん。だが、我々に休息の暇はない。」

トリニティー
「つまり、またマトリックスに侵入しろという指令が?」

モーフィアス
「そうだ。今回も特殊任務だ。私が指揮をとり、ナイオビとトリニティーがチームリーダーになる。ネオは我々の秘密兵器だ。」

ちらりと映る映像:カウチの上で、口をあけたまま前後不覚に酔い潰れているネオ。

モーフィアス
「彼にどこまでの能力があるのか我々は知らない。彼の見せた力はまだ序の口かもしれない。あるいはあれが全てかもしれない。我々は彼から学ぶし、彼は我々から学ぶだろう。」

チョイ
「なんでおれたちはいつも貧乏くじを引かされるんだ?あの地獄にとんぼ返りする上に、おれは船長も解任ってことか?」

モーフィアス
「君が最高の戦士だからこそ、この任務に選ばれたのだよ、チョイ。」

ドゥジュール
「そうよ、たぶん司令部は、あんたの愚痴をずっと聞かされたらエージェントだって死んじゃうだろうと思ってんのよ。」

チョイ
「あー面白い冗談だね。つまりおれがいいたいのは、ちょっとぐらい休暇をくれってことさ。羽根をのばすってやつ?今回おれたちのクルーは二人やられたし、あんたのところは五人だっけ?洒落になんねえよ。幸いおれたちは無敵の超人様を見つけたけど、大丈夫かねこいつは…」

モーフィアス
「強制ではないのだぞ、チョイ。志願者だけだ。」

トリニティー
「彼にも一理あるわ、M。私はネオを信じてるけど、でも何故こんなに急いで?」

モーフィアス
「いまは我々が押している。しかし好機はすぐに終わる。出撃中の船によれば、マトリックスはすでに我々の、そしてネオの侵入を防ぐために自らをアップグレードし、再プログラムしているそうだ。」

チョイ
「くそッ。『救世主』が見つかるたびにこれだ。」

モーフィアス
「彼こそが本当の救世主だ。」

ドゥジュール
「信仰を失ったわけじゃないでしょうね、チョイ?」

チョイは半分だけ残っているラムのグラスを掴み、飲み干す。

チョイ
「ええい、信念が試される時ってやつか。我々の勝利に乾杯。」

屋外:トンネル

暗い深海を行く潜水艦のように、フリーダムがゆっくりと静かに進んでゆく。船は突然静止し、それから船体を沈み込ませてゆく。エンジン音が消えてゆき、船は明かりを消して洞窟の底に身を潜める。

四機編隊のイカがやってくる。カメラはイカが身をくねらせて複雑な通路を抜け、操縦室のキャノピーのわずか一フィート脇を通りすぎる姿を追う。

息を潜める操縦室の面々のシルエット。操縦席に座っているのは、モーフィアスとチョイの影である。

屋内:フリーダム操縦室

クルーたちはイカがはるか遠方に消えていくのを見送る。

モーフィアス
「電源オン。スリープモードだ。」

チョイ
「合点でい、カピタン。」

操縦席に最低限の計器だけが点灯する。部屋は暗いままだ。

屋内:メインデッキ

この船のコンピュータ担当者である、レーザースキャンのように鋭い目をしたアジア系の痩せた少年が、ネオの後ろに座っている。ネオは彼の席に座って、キーの数が少ない特殊なキーボードに手を乗せている。トリニティーは脚を組んで椅子に座り、二人を見守っている。

ネオは画面を凝視する。独特の文字で書かれた、長大なマトリックス・コードの一文が表示されている。ネオは複雑なコードを理解しようと苦しんでいる。

ネオ
「『カ』は9と同じ。でも裏返しの『カ』は0.9…でいいのかい?」

レーザーは頷く。

レーザー
「なかなか飲み込みが早いじゃないか、あんた。」

ネオ
「ハッキングの訓練を受けた時に習ったんだ。でもキーボードの配置を覚えるのが目茶苦茶大変だな。」

トリニティー
「あなたの脳は、もうどこにどの文字があるか知ってるわ。でも体で覚えないと。」

レーザー
「筋肉で覚えるんだよ、ネオ。スペースバーのことを考えたら、自然に親指がそこに行くだろ。今まで何百万回もスペースをたたいてきたからだ。でも裏返しの『カ』のことを考えても、すぐにリバースキーと『カ』のキーを押すことはできない。」

ネオ
「それはともかく、この文字はどこから来たんだ?」

レーザー
「ほとんどは昔の日本語さ。カタカナってやつだ。ほら、このマシンは昔のコンピュータみたいな二進法じゃない。0と1じゃないんだ。量子コンピュータだから、0か1か、イエスかノーかじゃなくて、0と1の間にある全ての数を使うんだ。」

ネオ
「0と1の間の全ての数。もしかして無限の可能性があるってことかい?」

レーザー
「もしかして、じゃなくて、本当に無限なのさ。」

ネオは驚愕する。

ネオ
「すげえな。一秒間の計算回数は?」

レーザー
「CPSかい?そいつはちょっと難しいな。全宇宙の全ての粒子を想像してくれ。原子だけじゃなくて、原子を作ってる素粒子のレベルまで。」

ネオ
「オーケー。このまえ数えた時はたしか、1億兆個だった。いや、2億兆個だったか?」

ネオの冗談に、レーザーは眉一つ動かさない。

レーザー
「まあ、そんなもんだ。どっちにせよ、マトリックスが一秒間に行う計算の回数は、全宇宙の粒子の数より多いんだよ。」

ネオ
「ワーオ。」(間抜けに)

トリニティー
「それだけの計算能力があるから、コンピュータの中で全世界を作り出せるわけ。」

ネオ
「なるほど。現実と区別がつかないはずだな。全世界を作れるだけの計算能力か。」

レーザー
「そういうこと。」

ネオ
「じゃあ、おれたちがマトリックスに侵入してる最中に、こっちでコードを変えてしまうことはできないのかい?」

レーザー
「だめだめ。そんな簡単じゃないんだよ。まずマトリックスをコーディングして作り出し、維持している機械やプログラムがある。エージェントはコードの一種だ。エージェントにはいろんな種類があって、多くはマトリックスと直接かかわらずに、見えない形で働いてる。おれたちが嫌というほどよく知ってるあの黒スーツの連中は、執行者というタイプのエージェントだ。」

ネオ
「なるほど。」

レーザー
「つまりおれが言いたいのは、機械がマトリックスを繰り返しコーディングしていくのは、純粋な意志の働きだ。マトリックスに干渉すること、つまり実際にそこに居ることで、人間はもちろん環境、すなわちマトリックスを変えていくことになる。人間は物を動かし、音を立て、物事の流れを変化させる。」

ネオ
「現実と同じだな。」

トリニティー
「ほとんどね。ほんものの現実は変えることができない。でも、マトリックスの中の現実を構成している『生地』は、一度ほぐして織り直すことができる。そうやって条理の流れを越えられる人間もいるの。彼らはマトリックスに対して、平均的な人間より深く影響を及ぼすことができる。必要に応じて現実をいじれるようになったわけ。でも、彼らも全てをコントロールできるわけじゃない。だから私達には、ここに居るレーザーみたいなオペレーターが必要なの。でもあなたは、私達のだれよりも深くマトリックスに干渉することができる。」

ネオ
「どうやって?」

レーザーは立ち上がって、ネオの頭をぽんとたたく。レーザーは伸びをすると、日本式の木刀を掴み、退屈しのぎのようにゆっくりと正確な剣道の型を演じながら、デッキを歩き回って話し続ける。

レーザー
「あんたはここに凄い道具を持ってるのさ。あんたは化け物だ。いい化け物だけどな。あんたは普通に動くだけで、普通の人間をはるかに越えた動作ができる。非常識なことを受け入れる柔軟さもあるおかげで、マトリックス内の現実を変えられるわけだ。」

ネオ
「どうしておれは化け物になったんだろう?」

レーザーは同じ打ち込みを二三度練習する。

レーザー
「いい質問だ。マトリックスの中で眠っている連中は肉体的なセックスをしないから、機械は人間をクローニングで作るしかない。理論的には、マトリックス内の全てのクローンは最初のクローニングの時とそっくり同じのはずだ。で、それは当時の普通の人間と同じということでもある。」

ネオ
「ああ、するとおれはどこから出てくるんだ?」

トリニティー
「あなただけじゃない。モーフィアス、それに私。私達はみんなマトリックスの中で生まれたの。」

ネオ
「他の連中とどこが違ったんだろう?」

トリニティー
「五十年ぐらい前から、マトリックスの子供たちに何かが起こっているみたい。機械が予想もしなかった形で、子供たちが変化しているの。反射神経や体力に優れた子供もいれば、超能力のある子供もいる。」

レーザーはふと目を上げ、椅子にもたれて話を聞いているモーフィアスを見る。モーフィアスは身を乗り出してくる。

モーフィアス
「そしてマトリックス内の現実を変えられる子供も出てきたわけだ。」

モーフィアスはネオを指す。

モーフィアス
「歴史の話をしてるんだろう?」

レーザーは首を横に振る。

レーザー
「この馬鹿にプログラミングを教えようとしてるんだよ。こいつ、脳が二十世紀で停まってるから。なんにも知らないんだもんな。おれたちがいなきゃ、どうにもならないね。」

モーフィアス
「マトリックスの中では、ネオが居なければ我々は手も足も出ない。」

トリニティー
「モーフィアス、そろそろ任務の内容を教えてくれない?」

モーフィアス
「ブロードキャスト深度に達してからだ。あそこでは物事の進みが遅い。やつらは我々が戻ってくるのを知っているからこそ、パトロールしているんだろう。まだ我々には体を休めて準備をする暇がある。」

屋外:山頂、夕刻(船内のコンピュータによる仮想現実)

トリニティーは、信じられないほど高く切り立った岩の頂上に一人で腰掛けている。岩はまるで、世界の屋根のてっぺんにあるようだ。周囲は見渡す限りの山また山。雪に包まれた頂が、夕陽で薄く薔薇色に染まっている。

彼女は夕陽に見入っている。深く物思いに沈んでいるのだ。

彼女の肩の上に、手が現れる。ネオだ。どうやって岩の頂に来たのかは誰にも分からない。

ネオ
「驚いた?」

トリニティーはかすかに笑顔を見せて、ネオの腕を引き寄せる。岩の先端には一人分の居場所しかないので、ネオは彼女の背後に腰を下ろす。

トリニティー
「落っこちないでよ。」

ネオ
「落ちても平気さ。」

トリニティー
「飛べるようになったのね。」

ネオ
「ああ。」

トリニティー
「私も飛べると思う?」

ネオ
「自分を信じれば何でもできるさ。」

トリニティー
「あなたみたいに?」

ネオ
「どうだろうね。自分でも何ができるか分からないんだ。」

トリニティーは半分振り返る。

トリニティー
「飛び方を教えてくれる?」

ネオ
「教えられるかな…」

トリニティー
「自分を疑っては駄目。」

ネオは立ち上がり、トリニティーの前に立つ。とがった岩の、本当の尖端に立っている。ネオは彼女に手を差し伸べる。彼女がそれを掴むと、ネオは彼女を引っぱり上げる。彼女はとっさに何千フィートも下の地面を見つめる。

トリニティー
「この仮想現実プログラムの中では、落ちたら本当に死ぬのよ。」

ネオ
「落とさないよ。絶対に。」

二人はお互いの目を覗き込む。二人がくぐってきた心の傷が洗い流されてゆく。お互いをまだ十分よく知らないにもかかわらず、そこには絆がある。

ネオは突然身を離す。まるでそこに見えないガラスの板があるように、ネオは完璧な足取りで空中を歩く。トリニティーは、岩の尖端に取り残される。懸命に心を統一してバランスを保とうとするが、微かに体が揺れる。深く息をすると、ネオをまっすぐに見返す。常識を超えた光景を目にしながら、彼女は冷静さを保っている。

ネオは彼女から二、三フィート離れて立っている。山巓の風に髪を揺らしながら、苦もなく静かに。

ネオは彼女に向かって手を伸ばす。

ネオ
「これは現実じゃないんだ、トリニティー。君はそこに立ってるわけじゃない。こっちに踏み出すんだ。おれはできる。君にもできる。」

奈落の底を最後にもう一度だけ見下ろしてから、トリニティーは姿勢を正すとネオの目をまっすぐに見つめる。見つめあう青い瞳と茶色の瞳。息を止めたまま、彼女はまっすぐに歩き出す。

彼女は空中に一歩踏み出す。息詰まる一秒間、岩の尖端から片足を踏み出す間、彼女は安定している。しかし残った足を岩から離した途端、まるで油を塗った振動する床に乗っているように体は揺れ、足が滑る。何とかバランスを取り戻して、さらに一歩進むが、さらに体は沈んでゆく。

トリニティー
「糞ッ。」

トリニティーはチラリと眼下を見て、それからネオの目を見つめる。そして金属の塊のように落ち始める。

ネオ
「おっと。」

ネオはダイビングして、ミサイルのように速く下方へ飛ぶ。トリニティーは落ち着いた表情で、仰向けに落ちながら、ネオが追ってくるのを見ている。背後に岩石の大地が迫る。ネオが近付いてきても、トリニティーは手を伸ばそうとしない。ネオは必死で彼女に手を伸ばす。

ネオ
「掴まれ!」

あと数秒で地面に叩き付けられると分かっていても、トリニティーは全く助かるための努力をしない。彼女はネオをじっと見つめている。

ネオ
「掴まれったら!」

彼女が何もしないのを見て、ネオは彼女を追い越し、スーパーマンのように彼女をすくい上げ、間一髪で減速して岩の上に降り立つ。

太陽は山の向こうに隠れ、薄明だけが二人を照らしている。

ネオ
「いったいどうしたっていうんだよ?」

トリニティーはかすかに微笑む。もちろん意図があったのだ。

トリニティー
「見せたかったから。」

ネオ
「何を?おれは寿命が縮んだよ。」

トリニティー
「あなたをどれだけ信じているか、見せたかったの。」

ネオ
「あんな無茶をしなくたって…」

トリニティーは微笑む。彼女はネオを上から下まで見る。そして息が触れるほどに近付く。

「あなたはほんとにスーパーマンなのね。」

ネオ
「プログラムの中だけさ。」

トリニティーは離れる。ネオは彼女の肩を掴んで振り向かせる。キスしようとするが、彼女は横を向いて頬で受け止める。

ネオ
「嫌かい?」

トリニティーは彼を見つめ、それから空を見上げる。

トリニティー
「ここではね。」

ネオは理解できない。トリニティーは呆れて目をくるりと回す。

トリニティー
「バカ、みんなが見てるのよ。コンピュータおたくがどこまでスケベか知ってる?」

屋内:メインブリッジ

チョイ・レーザー・ドゥジュール・そしてシルカがオペレータ席のまわりに足を上げて座り、なにか食べている。画面には森の中の空き地に立つトリニティーとネオの雑な画像が映っている。まるで昼メロでも見ているような雰囲気だ。

トリニティーとネオは彼らの方を見ている。

インタフェース・チェアの上では、二人の身体が神妙に横たわっている。

屋外:空き地(仮想現実)

トリニティーがネオの腕を掴む。

トリニティー
「こっちに来て。」

彼女はネオを物陰に導く。

屋内:メインブリッジ

覗き見していたクルーたちは、二人が画面から外れて暗がりに消えるのを見て一斉に不満の声を上げる。

レーザーはシルカの肩に手を乗せて、溜息をつく。

レーザー
「ロマンチックだねえ。」

シルカは穏やかにその手を移動させ、彼の前に戻す。
「メアリー・パーマーなら喜ぶでしょうね。」

屋外:空き地(仮想現実)

青い薄明の暗がりで、ネオとトリニティーははじめはゆっくりと探るように、それから互いの感情の昂ぶりに任せて激しくキスをする。カメラはゆっくりと彼らのまわりを回転し、それから暗がりに目を移して、自然にフェードアウトする。

屋内:オフィス(マトリックス)

エージェント・ジョーンズとブラウンが鉄のテーブルを挟んで向き合っている。延々と見つめあう二人。テーブルの上には、きっちりと積み上げられたファイルの山の中央に、スピーカーフォンが置いてある。

エージェント・ジョーンズ
「我々が敗れるとは憂慮すべき事態だ。」

エージェント・ブラウン
「しかも同僚の一人を失うとは。」

二人とも怒りに煮えたぎっている。エージェント・ジョーンズは歯ぎしりをする。

ジョーンズ
「我々では彼らに勝てない。君の見た通りだ。」

ジョーンズ
「エージェント・スミスのバックアップは取ってあるが…」

ジョーンズは立ち上がり、巨大な展望窓の方に歩いていく。都市が眼下に広がっている。

ジョーンズ
「バックアップコピーだけでは不十分だ。新たな脅威に立ち向かうために、我々はアップグレードしなければならない。」

ブラウンは大きなファイルを広げる。

ブラウン
「彼は再構築中だ。しかし私には別の考えがある。我々が人間と闘うかわりに、同士討ちをさせてはどうだろう?」

ジョーンズ
「テロリストどもは我々にはできないやり方で現実をゆがめる技術を身に付けた。だから我々は敗北した。」

ブラウン
「ミスター・トーマス・J・アンダーソンは決して唯一の例ではない。過去数十年間、人間たちはマトリックスを操作する技術を発達させてきた。あまりに原始的すぎて、我々には理解できない技術だ。そのような能力を持った人間の大半は自分の可能性に気付かないが、能力を見せたことが確認された人間は、全てここに記録されている。」

ブラウンがめくっている本のアップ。あらゆる種類の人々が、街中で隠し撮りされている。反社会的な若者、スーツを着た会社の役員、薬物中毒者、主婦など。

ジョーンズはエージェント・ブラウンの方を向く。

ジョーンズ
「使えそうな人間はいるのか?」

本のアップ。ブラウンの手が止まったページには、ネオに似た、しかし長髪で明らかに不良じみた男の情報が記録されている。金髪の女とバイクに乗っている写真。暴走族仲間と酒を飲んでいる写真。

ブラウン
「グレゴリー・ロウフィールド。彼はミスター・アンダーソンと同じ能力を示している。」

男の声(声のみ)

「ミスター・アンダーソンはもはや存在しない。我々の敵は…ネオと呼ばれている。」

ドアのアップ。

エージェント・スミスが、歯を見せて笑いながら入ってくる。何やら歩き方が以前とは違う。髪も伸びて、後ろで束ねている。

ブラウン
「再構築されたか。」

スミスは腕を曲げ、自分の両手を観察し、髪に手をやる。

ジョーンズ
「髪の毛も増えたな。」

スミスはジョーンズの方を向き、テーブルの上の何枚もの写真を調べる。二人は見つめあう。波長を合わせて、言葉を使わずに知識を転送しているのだ。スミスはテーブルの上の写真を見つめる。

スミス
「君たちの考えは分かった。我々に必要なのは、我々のために働くネオ…」

ジョーンズ
「もしそれが可能ならば。」

スミス
「私が可能にする。」

私達はネオのドッペルゲンガーが映っている、粒子の粗い写真にズームしていく。はじめは微かに、しかし画面が暗くなるに従って猛々しく、複数のオートバイの咆哮が聞こえてくる。

屋外:砂漠のハイウェイ(夜)

オートバイのヘッドライトの一群が、一塊の光となって彼方から迫ってくる。ズームアウトしてピントが合った時には、すでによけられないほど近くまで来ている。バイクの群は私達のすぐ側をかすめてゆく。雷のような爆音に混じる男女の歓声。

それぞれに女を連れた十人ほどのバイカーの集団は、ヘルメットをかぶっていない。両方向の車線を占領して、勝手気ままに酒を飲みながら飛ぶように駆け抜けてゆく。

先頭のオートバイが映る。巨大なカスタムメイドのハーレーである。トーマス・J・アンダーソンからデスクワークと気苦労を取り去ったような男、グレゴリー・ローフィールドは、アクセルを回して盛んにエンジンをふかす。持っていたビールの小瓶を後ろの金髪女に渡すと、いきなり座席の上に跳び上がり、そのまま身体を前方に倒す。

とても現実とは思えない身のこなしである。

グレゴリーのガールフレンド・チャンドラは、悲鳴を上げて座席にしがみつき、身体を低くする。

チャンドラ
「グレッグ、気でも狂ったの?」

グレッグ
「とっくに狂ってるさ。でも心配すんな。」

彼女は彼の足にしがみつく。バイクはライトを消して路傍で待ち伏せているパトカーの側を爆走してゆく。

屋内:パトカーの車内

書類になにか書き込んでいた警官が、ちょうど目を上げた瞬間にバイクの集団が通りすぎる。先頭を行くグレゴリーは、まるでサーフィンするような格好でバイクに乗っている。

レーダーガンが映る。時速125マイルで点滅している。

警官
「むちゃくちゃだ。酔っぱらい暴走族め。」

屋外:ハイウェイ

グレゴリーがこちらを向いたまま座席に戻り、チャンドラに合図してビールを受け取る。背後でパトカーのランプが華々しく点灯する。

グレゴリー
「やれやれ。みんな停まれ。ちょっと遊んでやろうぜ。」

屋内:パトカー車内

警官がパトカーを運転するのを、私達はフロントグラス越しに見る。警官は突然前方になにかを見つけて、全力でブレーキを踏み込む。

警官
「うわああ!」

警官の側からフロントグラス越しに前方を見る映像。十人のバイカーが、道の真ん中にバイクを止めたままグレゴリーの両側に並んで、臆するふうもなく警官を見ている。

屋外:路上。

パトカーはグレゴリーの脚の手前数インチで何とか停止する。警官が猛然とドアを開けて飛び出してくる。

警官
「ふざけるなこの野郎!」

グレゴリー
「兄ちゃん、いつ停まるかはおれたちが決めることだ。あんたじゃねえ。」

警官
「糞が!」

警官はパトカーに飛び込み、無線のレシーバーに手を伸ばす。グレゴリーは上着から巨大な銀色の44口径を取り出して発砲する。パトカーのアンテナが根元から吹き飛び、長さ9フィートの鞭のように宙を舞った後、金属音を立ててアスファルトに落ちる。

車内。パトカー。

警官は座席に半ば身を伏せて身を守ろうとする。レシーバーからはノイズしか聞こえてこない。腰の拳銃に手を伸ばそうとするが、グレゴリーの声で動きを止められる。

グレゴリー
「バカな真似すんなよ。ドーナツの食い過ぎで肥ったケツに、鉛玉がメリ込むぜ。」

屋外:パトカーの側
警官が両手を挙げて出てくる。

警官
「何が望みだ?」

グレゴリー
「さあな。おれを撃つってのは無しだが、それ以外なら何でもさせてやる。何がしたい?」

警官は肝が据わっている。グレゴリーよりずっと背が高く、筋肉質で、冗談の通じない顔だ。

警官
「おまえら全員逮捕する。」

バイカーたちは一斉に大笑いする。グレゴリーは警官の側に歩いていき、銃を頭に突きつけたまま彼の周囲を回る。

グレゴリー
「今日はラッキーな日だぜ、あんた。臨時で休みをくれてやる。」

チャンドラが警官に近付く。誘惑するようなしぐさで、彼女は警官に強い酒の瓶を手渡す。

チャンドラ
「飲みな。」

警官がためらっていると、グレゴリーが銃を額に押し付ける。仕方なく警官は酒を飲み始める。

グレゴリーは銃を下ろす。彼とチャンドラはバイクに戻る。

グレゴリー
「おれたちは見なかったことにしろ。」

チャンドラ
「酒は取っときな。」

一同はバイクを始動させ、跡形もなく闇の中に走り去る。

しばらく後:

屋外:浜辺。

キャンプファイアのわずか数フィート向こうで、大きな波が砕けている。数限りない星が輝く下で、グレゴリーとバイカー仲間が火の側に座ったり寝ころんだりしている。なんと先刻の警官まで仲間に入っている。二三人はまだ起きていて、一人は酔い心地でギターをぽつりぽつりと弾いている。

グレゴリーは立ち上がり、毛布を肩に羽織り、チャンドラを抱き上げる。二人は砂地に入っていく。

屋外:砂地

グレゴリーとチャンドラが毛布に寝て、空を見上げている。グレゴリーがふと空に向かって手をかざす。

グレゴリー
「どれがいい?」

チャンドラ
「どれでもいいよ。あんたの好きなのでいい。」

グレゴリーが何の気なしに空の一点を指すと、星の一つが見る見るうちに輝きを増す。星は震動し、急に光を失ったと思うと、空からポロリとはずれて流れ星になり、燃えながら空を横切る。

彼の力に酔いしれて、チャンドラはグレゴリーにしがみつく。

チャンドラ
「どうやったらそんなことができるの?」

グレゴリー
「自分でもわからねえ。ときどきおれは…世界の果てまで手が届くような気がするんだ。」

グレゴリーは手を下ろして、寝たまま頭を動かしたと思うと、上体を起こす。何かに驚いたようだ。

チャンドラ
「どうしたの?」

グレゴリーは手を上げて静かにしろと合図する。

グレゴリー
「見つかっちまった。聞こえるか?」

チャンドラ
「え?あたしには何も…」

グレゴリー
「おれたちの反抗も、ここまでか。あいつらが本気になったら、かなわねえ。」

チャンドラ
「あいつら?黒服の連中のこと?」

グレゴリーの表情クローズアップ。遠くでかすかにヘリコプターの音が聞こえ、それが次第に大きくなる。

グレゴリー
「糞!バイクに乗れ。」

屋外:キャンプファイア

グレゴリーはチャンドラの手を握ったまま一散に走り、丘を越える。ブーツとボクサーパンツを履き、44口径を掴むのがやっとだったようだ。チャンドラは下着の上にグレゴリーの革ジャケットを羽織っている。

グレゴリー
「起きろ!バイクに乗ってとにかく逃げろ!」

バイカー達が飛び起き、バイクに向かって砂地を駆けていく。

強烈なサーチライトとローターの巻き上げる猛烈な砂埃だけで所在の知れるヘリコプターが、砂地の上を迫ってくる。逃げるバイカー達を低空で追うヘリコプター。彼らの足元から砂が飛ばされる。

グレゴリーはバイクにまたがり、チャンドラが後ろに跳び乗る。グレゴリーの手の一振りで、全員のバイクはギアをニュートラルに入れ、エンジンを唸らせて走り出す。正面を向いたバイク群のヘッドライトが一斉に輝くと、低空で追ってきたヘリコプターが、彼らの背後、せり上がるように画面に現れる。いつの間にか二機に増えている。

ヘリコプターの拡声器
「警察だ。バイクを止めて降伏しろ!」

依然としてサーチライトしか見えないヘリコプターから、突然自動小銃が放たれる。二人のバイカーが進路を弾幕でふさがれ、転倒して地面に転がる。その上を追い抜いてゆく二機のヘリコプター。

グレゴリーはスロットルを全開し、猛烈なスピードで突進する。

屋外:ハイウェイ

バイクの群れは追撃をかわすために二手に分かれる。いったん威嚇射撃しながら追い抜いていったヘリコプターが、はるか前方で反転して戻ってくるのが見える。グレゴリーはライトを消し、星明かりでハイウェイをたどる。

屋内:ヘリコプター操縦席

赤い光に照らされたコックピットを満たすエンジン音にかぶさって、金属的な無線の声。ヘリは猟犬のように機首を下げ、ハイウェイを切り裂くように疾走するグレゴリーとチャンドラを追う。

パイロット(声のみ)
「バカな、やつらの方が速いだと?」

しばらく後:

屋外:ハイウェイ

グレゴリーはガソリンタンクに張り付くように身体を伏せ、チャンドラは必死で彼にしがみついている。凄まじい風圧でグレゴリーの唇はこじ開けられ、涙が目から吹き千切られ、バイクはトップギアでレッドゾーンに入ったまま走り続ける。背後でヘリコプターが小さくなっていき、ついに姿を消す。

チャンドラ
「振り切ったわ!」

グレゴリーは前方の暗いハイウェイを見つめている。

グレゴリー
「何も見えねえ。」

グレゴリーがヘッドライトを点けるや否や、物々しい軍用トラックが道路封鎖しているのが照らし出される。トラックの脇はパトカーが固めている。目を凝らすと二人のエージェントが路傍に立っている。

減速する気配の無いバイクに驚いた兵士達は、一発か二発撃っただけで必死にバイクの進路から逃れてゆく。バイクは時速240kmで突進する400kgの金属の塊である。

グレゴリーはバイクもろとも、二台のトラックの間に積まれた砂嚢の防壁に突っ込んでいく。爆発したように砂と砂嚢が吹き飛ばされ、壁は押し分けられていく。遂にバイクは壁を突き破るが、姿勢を崩し、制御不能になる。バイクが転倒したところで、私達はブレットタイムに突入する。

バイクが倒れる時、私達は側面から、グレゴリーが座席から跳び上がり、チャンドラを掴んでバイクの安全な側に移動するのを見る。バイクと路面の間で大量の火花が飛び散り、バイクは火花の尾を引く。糖蜜の中の弾丸が落ちていくように、バイクは速度を失いながら路面を転がり、グレゴリーは触れれば即死するであろうコンクリートの路面に対してバイクを盾にしながら、自分とチャンドラを守って回転するバイクの上を歩き回る。

バイクはコンクリートに叩き付けられるたびにバラバラになっていく。沢山の破片が---前輪が、前輪を支えるフォークが、マフラーが、そして数限りない金属片が、ゆっくりと宙に舞い上がり、最後に部品を全て失ったボディーが、グレゴリーとチャンドラを乗せたまま大きくバウンドして空に跳ね上がる。チャンドラは超高速で展開するこの大破壊を、ほとんど認識できていないようだ。グレゴリーは片手でフレームを掴み、空中を行く鉄塊を乗りこなす。それが再び路面に戻ったところで、現実時間が戻ってくる。

最後の足掻きのように、バイクのボディーが路面を削りながらハイウェイを滑る。減速と共に火花が弱まり、大小の金属片がさまざまな音を立てて二人の周りに降り注ぐ。とうとう動きが止まった時、グレゴリーはチャンドラを上からかばうようにしてボディーの上にうずくまっている。その側を、外れた前輪が静かに転がって追い越してゆく。

自分が何をどうやって生き延びたのか、自分でも分からぬままに、グレゴリーとチャンドラは立ち上がって走り出す。背後には赤と青の回転灯のぼやけた壁が迫る。パトカーのサイレンが大きくなる。

二人はハイウェイを走り出すが、途中でグレゴリーがチャンドラを引っ張って立ち止まる。

グレゴリー
「二手に分かれよう。砂漠へ逃げ込むんだ。行くぞ!」

二人は別れる。

チャンドラのクローズアップ。裸足のまま、路肩に向かって全力で走る。ハイウェイにはバイクの破片が散らばっており、彼女は曲がった金属片を踏んでしまう。悲鳴を上げて彼女はアスファルトに倒れる。

グレゴリーは振り返り、猛然とチャンドラめがけて戻ってくる。だが同時に一台のパトカーが、のしかかるように迫ってくる。V8のエンジン音とサイレンが、非現実的なほどの音量で全てを圧倒する。

グレゴリーは彼女の側に駆け込んでくるが、ふと見ると目も眩むようなハイビームのヘッドライトが間近に迫っている。グレゴリーはチャンドラの上に覆いかぶさり、頭を下げながらパトカーに向かって片手を突き出す。ここで私達はブレット・タイムに入る。

パトカーはーグレゴリーが突き出した手に突っ込み、まるで鉄柱にぶつかったように前進を阻まれる。車体の他の部分が変形しながらも前に進もうとする一方、エンジンフードはグレゴリーの手にぶつかった真ん中の部分がグシャグシャと潰れて行く。

屋内:パトカー車内。

前進を阻まれたエンジンがコンソールを突き破り、警官達を左右に押し退けて車内に飛び込んでくる。

フロントガラスは爆発したように砕け散り、座席はコンソールに激突して警官達をゼリーのように押し潰す。

クローズアップ:グレゴリーとチャンドラ

パトカーが丸一台、メリメリと破壊されながら彼らの身体の周りを通りすぎる間、片手をまだフロントグリルに押し当てたまま、チャンドラとグレゴリーは無傷である。私達は現実時間に戻り、パトカーの車体が引き裂かれながら彼らを通り過ぎるのを見る。フロントグリルとエンジンブロックと、潰れたトランスミッションの一部が、まだグレゴリーの手に押し付けられたまま残っている。銃弾に上から下まで貫かれたバナナのように、パトカーはグレゴリーの手で臓物を抜かれたのだ。抜け殻になった車体は、今は音もなく二人を残して走り去り、やがて裏返り、爆発する。

グレゴリーの手に残ったエンジンブロックは空中二、三フィートのところで支えられている。やがてそれは音を立てて地面に落ちる。

グレゴリーとチャンドラは立ち上がり、早朝の砂漠へと逃げていく。

クローズアップ:腸を抜かれたパトカー

信じられないことに、運転席の警官はまだ生きていた…かろうじて。ハンドルは、上下の顎を割るようにして深々と彼の口にめり込んでいる。血まみれの口から、どこか壊れたような、湿った咳が込み上げる。警官の目は瞬き、そしてそれが永遠に閉じられる直前、彼の全身は苦痛に捕らえられ、変形する!

屋外:腸を抜かれたパトカー

歪んだドアが、内側から豪快に吹き飛ばされる。黒いローファーを履いた足がアスファルトの上に現れ、汚れ一つない黒いスーツの男がゆっくりと車外に踏み出すのを私達は見る。

私達の視界はローファーから脚に向かって上がっていく。他のパトカーが次々と事故現場にたどり着く間、エージェント・ブラウンは周囲を観察する。彼はグレゴリーとチャンドラが消えた砂漠を見つめる。

一人の警部補がブラウンに歩み寄る。

警部補
「追いましょうか?」

エージェント・ブラウン
「戻って他のバイカーどもを追え。彼については、我々のプランがある。」

屋内:フリーダム号メインブリッジ(夜)

寝静まった船内。レーザーはオペレーター席に座り、猛然とキーボードを叩いて、テトリス状のパネルをあるべき場所にはめ込んでいく。

屋内:操縦室

コーヒーをすすりながら船を停止させ、チョイがヘッドセットに向かって話す。

チョイ
「よし、ここで試してみてくれ。」

屋内:メインブリッジ

レーザーがテレビゲームの手を止めて、別の画面に一瞬で切り替える。彼がキーを叩くと、何行ものコードが画面上に上から降り注ぎ、マトリックスの見慣れた姿が画面に降りてくる。

レーザー
「うわっ、なんだこりゃ!」

屋内:操縦室

チョイ
「どうした?シグナルを受信したのか。」

レーザー
「当たり前だ。ちくしょう、あいつらコードを変えやがった。」

チョイは不快な顔をする。

チョイ
「正しい波長を使ってるか?」

屋内:メインブリッジ

レーザー
「ゴチャゴチャ言ってねえでこっちへ来い。」

画面上のマトリックスが、奔流のようにスクロールしている。個々の文字を読み取ることはほとんど不可能だ。

チョイがレーザーの後ろにやって来る。

チョイ
「なんてこったい。あいつら一体…」

レーザー
「マトリックスを作り替えてるんだ。」

チョイ
「モーフィアスを呼べ。」

レーザーはヘッドセットを通してモーフィアスの船室に呼びかける。

屋内:モーフィアスの船室。

部屋は暗いが、静かなクラシック音楽が流れている。ベッドにいるのはモーフィアスだけではない。ナイオビの影が、彼の背後に見える。

モーフィアスははっきりした声でコールに応えるが、それまで眠っていたことは明らかである。彼は腕を伸ばして受信機を掴む。

モーフィアス
「私だ。」

レーザー
「船長、すぐ来て。」

モーフィアスは通信に応えながら服を着る。安心させるようにナイオビの肩に手をやる。

モーフィアス
「接近警報か?」

レーザー
「マトリックスだよ、船長。狂ったような勢いでコーディングが進んでる。」

モーフィアス
「すぐ行く。」

モーフィアスは受話器を置き、素早くブーツを履く。身支度を続けながらナイオビの方を振り返る。

モーフィアス
「いかんな。思ったよりやつらの反応が速い。」

ナイオビが飛び起きて、素早く服を着る

ナイオビ
「もう?」

モーフィアス
「やつらも前回の敗北には懲りたようだ。」

ナイオビは首を横に振る。
「モーフィアス、彼にはどこまで話すつもり?」

モーフィアスの動作が止まる。

モーフィアス
「ネオに?過去の『救世主』たちのことか?」

すでに身支度を整えたナイオビが頷く。

モーフィアス
「彼こそが本物の…」

ナイオビは彼の唇に指を置いて黙らせる。

ナイオビ
「彼の前に六人死んでるのよ、モーフィアス。」

苦い記憶をよみがえらせ、モーフィアスはゆっくりと首を左右に振る。

モーフィアス
「私にとっては、彼の前には一人もいなかったのだ。オラクルは私が救世主を見つけると言った。それは預言だ。君はまだ彼の能力を見ていない。」

ナイオビ
「やつらがマトリックスを強化してたらどうするの?この前みたいに?」

モーフィアス
「『もしも』にはキリがない。これはどうだ。もしも、我々が大義を信じられなくなったら?」

彼はドアを通って立ち去る。後には暗がりに立つナイオビが残される。

屋内:メインブリッジ

モーフィアスがレーザーとチョイの手元を覗き込んでいる。

モーフィアス
「状況は?」

レーザー
「良くないよ、船長。急いでスクランブル解除プログラムを書いてみる。」

モーフィアスは頷く。

モーフィアス
「頼んだぞ。ブロードキャスト深度には達したのか?」

チョイ
「ああ。」

モーフィアス
「作戦の詳細をダウンロードせねばならない。メインフレームにログインするから、ちょっとどいてくれ。」

モーフィアスはレーザーの席に座る。なだれ落ちるマトリックス・コードが消え、かわりに短い単語がいくつか現れる。ZION.dtrl.mnfr4m3 LOGIN.

コンソールの下にキーボードを隠して、モーフィアスがキーを叩く。パスワードは、画面上には XXXX XXXX XXXX XXXX XXXX XXXX XXXX. という形でしか表示されない。

画面:ログイン承認。ようこそ、モーフィアス。

任務の詳細をダウンロード中です…

ダウンロード完了

ログアウトしました。

任務属性:侵入/破壊

標的:マトリックス・メインフレーム

画面の文字を読んだモーフィアスの目が微かに見張られるが、すぐに彼は平静を取り戻す。レーザーは唖然として口がふさがらず、チョイは大声で笑い出す。

チョイ
「メインフレームだって?ハハッ、冗談だろ、モーフィアス?今日は四月一日か?」

ナイオビが彼の背後に現れる。

ナイオビ
「違うわ。私たちには救世主がいる。今やるしかないのよ。」

レーザー
「でもやつらはもうコードを変更してる。おれはまだ解読もできないのに。」

モーフィアスは振り返って、他のメンバーと向き合う。

モーフィアス
「任務は受け取ったが、それをどう解釈して実行するかは我々次第だ。」

レーザー
「モーフィアス、メインフレームのICEは南極の氷より多いんだぜ。抜けられるもんか。」

モーフィアス
「君はまだ救世主が闘うところを見てないだろう。」

レーザーは不信の面持ちでモニタの方を向く。

モーフィアス
「侵入できるか?」

レーザーはキーを叩く。マトリックスが消え、かわりに彼の書いたプログラムが表示される。

レーザー
「送り込むのは問題ないんだ。でも通信を保って行動をサポートできるかが問題だ。四人目の救世主がやられたのは、こっちでサポートできなくなったからだ。たしかそうだったろ?やつらは通信を寸断して、救世主を罠にかけた。」

モーフィアスは椅子をレーザーの方へ回転させ、そして止める。二人の顔は、わずか数インチの距離を挟んで向き合っている。

モーフィアス
「我々は過去の話はしない。」

レーザー
(皮肉に)「不快な過去を思い出させて失礼しました、船長どの。」

画面切り替え:ネオ

彼はメインデッキの何かの装置のそばに立っている。彼は一言残らず聞いてしまったようだ。彼は廊下を曲がって姿を消す。他のクルーがそれに気付く。全員が同じことを考える:ネオはどこまで聞いてしまったのだろう?

モーフィアス
「朝になったな。ナイオビ、他のみんなを起こしてくれ。レーザー、我々を送り込むのに必要な時間は?」

レーザーは難しい顔で頭を振る。

レーザー
「分からない。一時間くれたら、たぶんやつらに追いつけると重う。」

モーフィアスはネオに近付く。

モーフィアス
「ちょっと来てくれ。」

場面転換:

砂漠(昼間)

グレゴリーとチャンドラが、見渡す限り陰ひとつ無い砂漠の、唯一の小さな岩陰に隠れているのを私達は遠くから見る。私達は接近して、横方向に移動する屋外:ショットに移る。乾き切った大地から、グレゴリーのブーツを履いたチャンドラの足へ。さらに、太陽に焼かれて、引っ掻き傷だらけの彼女の脚へ。グレゴリー屋外:は岩に背をもたれ、うつらうつらとまどろみながら、目を開いたり閉じたりしている。

グレゴリーの視界

彼は地平線を見つめ、黄疸にかかったような空を映している逃げ水を見る。彼方で揺らめく陽炎の中に人影が現れるが、そこでグレゴリーの瞼は閉じて、私達に屋外:は闇しか見えない。彼の瞼がもう一度開いた時、人影はよりはっきりと見える。男だ。黒いスーツを着ている。はるか遠方からでも、私達にはそれが「彼」だと屋外:分かる。「彼」であって欲しいと私達は願う。

屋外:砂漠の岩

いよいよ人影が近付いてきた時、グレゴリーは辛うじて意識を取り戻す。チャンドラは目覚めもしない。

屋外:砂漠

人影がグレゴリーに近付く時、私達は腰の高さでそれを見る。(人影の上半身は見えない。)人影はグレゴリーの目の前まで来て立ち止まる。

屋外:砂漠

グレゴリーは完全に目を覚ますが、自分では夢を見ているのだと思っている。彼は手を伸ばし、自分の前に立っている男の汚れひとつない黒いスーツの脚に触れる。サウナのような熱気の中で、汗ひとつかかない男。グレゴリーは見上げるが、激しい太陽の光で顔は見えない。

話し始めるグレゴリーの声はかすれている。

グレゴリー
「う、嘘だろ。あの…男だ。」

黒スーツの男
「友よ、私は長いあいだ君を探してきた。」

グレゴリーはガクリと頭を垂れる。

黒スーツの男
「我々には君が必要だ、グレゴリー。」

グレゴリー
「何のために?」

黒スーツの男
「世界を救うために。」

グレゴリーの顔が持ち上がり、黒スーツの男の頭が太陽にかぶさる。まるで中世の聖像のようにぼやけた光輪に囲まれているのは、私達のよく知っているあの顔、エージェント・スミスだ。

グレゴリーの頭がまたガクリと垂れる。彼はチャンドラの髪をなでる。

グレゴリー
「手遅れだよ。おれたちは死んじまった。」

エージェント・スミス
「生きたいかね?」

グレゴリー
「何のために?」

エージェント・スミス
「あらゆるものに、よりよき生を。彼女に命を。そして君に、復讐の機会を。」

グレゴリーは頭を持ち上げる。

エージェント・スミスが歯を見せて笑う。彼が背中を向けると、二人の前の砂漠の風景はひんやりと澄み切った森の中の湖に変わる。スミスはその風景に向かって一歩踏み出し、そこで振り返ってグレゴリーに手を差し伸べる。

エージェント・スミス
「興味が湧いたかね?」

グレゴリーは呆然としている。言葉も無く彼は無理やり立ち上がり、チャンドラを抱え上げ、湖に向かって足を踏み出す。

グレゴリー
「きっとこれは幻だ。」

一歩踏み出すと、風景は遠ざかってしまう。

エージェント・スミス
「あそこに行きたいかね?」

グレゴリー
「ああ。」

エージェント・スミス
「では手伝ってくれるか。」

グレゴリー
「何でもするさ。」

クローズアップ:スミスが手を差し伸べる。グレゴリーがそれを掴む。やがて手を放したと思うと、彼は湖の浅瀬の冷たい水の中に倒れ込む。

屋外:湖畔。

砂漠は消え去り、かわりに森が現れるが、空だけは今もマトリックスの毒された空である。

グレゴリーは水を手で汲み上げ、チャンドラを抱き寄せて、彼女の顔を水で洗う。穏やかな表情で、エージェント・スミスは水辺に立っている。

クローズアップ:エージェント・スミス。微動だにしない彼のサングラスに、人間たちが映っている。

チャンドラは身じろぎし、目を覚ますが、エージェント・スミスの姿は彼女には見えないようだ。グレゴリーは元気を取り戻して、目の前で起きた奇跡をじっと見つめ、それから謎の男を見上げる。

グレゴリー
「あんた、いったい何者だ?」

スミスは悪魔のような笑顔を見せる。

エージェント・スミス
「私は何者でもない。ただのスミスだ。重要なのは君の方だ。我々には君が必要なのだ、グレゴリー。」

グレゴリーはスミスを凝視する。彼はチャンドラを水際に動かし、立ち上がってエージェント・スミスの目を見つめる。

グレゴリー
「最初あんたはおれを殺そうとした。今度は手伝えってのか。」

エージェント・スミス
「二年前のことだ、グレゴリー。君の両親は市の中心部でテロに巻き込まれ、殺された。」

この言葉はグレゴリーの中で不快な火花を発生させる。

グレゴリー
「だからどうだってんだ?」

エージェント・スミス
「テロリストどもを率いていたのは、ある人物だ。」

グレゴリー
「そいつは知ってるさ。」

エージェント・スミス
「彼を殺してくれたまえ。」

グレゴリーはせせら笑い、様子を確かめるようにチャンドラを振り返る。彼女は柔らかな草の上で気を失っている。

グレゴリー
「無茶言うんじゃねえ。政府の連中が総出で殺せない奴を、なんでおれが殺せる?」

エージェント・スミス
「君のような力を持った人間は、政府にはいない。」

グレゴリー
「Fuck you.」

エージェント・スミス
「君とは契約を結んだはずだが。」

グレゴリーは立ち上がり、スミスの顔に自分の顔を突きつける。

「昔から悪魔に一杯食わせてやりたいと思ってたんだよ。そんなチャンスは一生に一度あるかないかだ。だから、これがおれの答えさ。FUCK YOU!」

スミスの眉が曇る。グレゴリーはスミスを上から下まで値踏みする。さらに数インチ歩み寄り、自分より背の低いエージェントを小突く。

グレゴリー
「さあどうすんだ、オッサンよぉ。病院送りになりてえのか?おれに手を出したら整形手術を受けることになるぜ、この…」

スミスはグレゴリーの胸に拳を打ち込み、五、六メートル吹っ飛ばす。何とか踏みとどまったグレゴリーは咳き込んでから、信じられないという表情で、やけに遠いところに立っているスミスをにらむ。

クローズアップ:スミス。彼は落ち着き払ってサングラスを外す。

クローズアップ:グレゴリー。度肝を抜かれはしたが、彼は勝負を捨てたわけではない。少なくとも、長期的には。

グレゴリー
「喧嘩でおれに勝てる奴はいねえ。」

スミス
「かかって来たまえ、プッシー君。」

グレゴリーがスミスに殴りかかると同時にカメラが引く。

スミスは打撃に備えた構えを取っていたが、グレゴリーは裏をかいて酒場の喧嘩のようにスミスを押し倒す。スミスを地面に押さえつけて、グレゴリーは掌を叩き付ける。スミスは首だけでかわし、グレゴリーの掌は地面を叩く。

グレゴリーは怒りの叫びを挙げて、無数の掌打を叩き付ける。全ての攻撃がかわされる。

グレゴリー
「ちきしょう、どうなって…」

スミスが身体をはね上げ、グレゴリーを空中に放り出す。グレゴリーが態勢を立て直す間に、後方宙返りで間合いを取る。グレゴリーは、酒場の喧嘩のような大振りのパンチで、スミスをブロックの上から滅多打ちにする。その本能だけの攻撃に苛立ったのか、スミスはブロックを掌底に変えてグレゴリーの額に大砲のような一撃を加える。一瞬目がくらんでグレゴリーが後退した隙に、スミスは見事な回し蹴りを繰り出す。ヘリの回転翼のような蹴りがグレゴリーの頭に炸裂し、彼は一撃で地面に崩れ落ちる。

スミス
「これで少しは気が変わったかね?」

クローズアップ:グレゴリー

彼は満足に返事ができない。口の中に血があふれ、顔はマッシュポテトのように潰れている。顔の右側には、スミスに叩き込まれたローファーの跡が、そのままミミズ腫れになっている。

スミスはグレゴリーの側にしゃがみ込む。

スミス
「私を叩きのめす方法なら教えてやるぞ。」

これはグレゴリーの興味を引く。

スミス
「我々を手伝うのだ。仕事が済めば君も彼女も自由にしてやる。」

グレゴリーは地面を見つめ、それからスミスの向こうにいるチャンドラを見つめる。最後に彼は立ち上がろうとし始める。スミスは手を差し出し、グレゴリーはその手に掴まる。

スミス
「君は気付いているだろう?君の世界には目に見えない次元が、合理的には説明できないものがあることに。」

グレゴリー
「ああ。」

スミス
「君が想像もできないような力の使い方を教えてやろう。だが最初は、闘い方を学ぶのだ。」

スミスはイヤホンに手を当てる。グレゴリーの目が閉じ、身体が痙攣する!彼は地面に倒れ、しばらく息もしないが、やがて目を開けると、スミスを見上げる。

グレゴリー
「一体おれに何を…」

彼は自分の両手を見つめる。上体を起こし、また両手を見つめ、驚いた表情になり、攻防一体になった一連の手技を繰り出す。動きを止めたグレゴリーはスミスを見上げる。

グレゴリー
「カンフーが使えるようになった。」

スミスは歯を見せて笑う。

屋内:操縦室(夜)

モーフィアスとネオが共に座っている。操縦席の明かりは弱められ、EMP兵器のボタンだけが発光している。船の外では、地底の暗い霧の中で、不気味な発光するコケの群落が岩壁を光らせている。明かりを消した船の上を、時折イカが通りすぎる。

モーフィアス
「このあたりは完全にやつらの領域だ。」

ネオ
「ああ、そうらしいな。」

モーフィアスは夜の闇を見つめ、しばし考えにふける。そして彼はネオの方を向く。

モーフィアス
「十分休んだか。」

ネオ
「ああ。」

モーフィアス
「前任者の話を聞いてしまったようだな。」

ネオ
「ああ。いろいろとね。」

モーフィアス
「どんなことを知っている?」

ネオ
「おれみたいな奴が他にもいたこと。あんたは彼らも特別だと思っていた。でも、みんな死んだ。」

モーフィアスはゆっくりと頷く。

モーフィアス
「その通りだ。他にも候補はいた。そして私は、君にその話をしていなかった。まだ早いと思ったからだ。」

ネオは頷く。

モーフィアス
「腹が立つか?」

ネオ
「まだ分からない。色んなことが一度に起こりすぎて、自分でも怒っているのか、失望したのか、そもそもそういう感情を持つべきなのか、分からないんだ。」

モーフィアス
「そういう感情を持つべきではないのだ、ネオ。君はオラクルの預言の鍵になる人間だ。彼女が起こると預言したことは、全てもう起こった。ただ一つを除いてな。」

ネオ
「それは?」

モーフィアス
「マトリックスが破壊されることだ。」

モーフィアスは闇の中を見つめる。

モーフィアス
「君が現れることは預言されていた。君が現れるために世界の準備を整えるのが私の宿命だ。だがここから先のことは、誰も知らない。」

ネオ
「オラクルに尋ねることはできるのか。」

モーフィアス
「今生ではもう無理だ。」

ネオは混乱する。

モーフィアス
「サイファーが裏切った日からずっと、オラクルや巫女たちからは音沙汰が無い。」

ネオは気後れする。

ネオ
「でも彼女には分かっていたはずだろ、もし襲撃があるなら。」

モーフィアス
「おそらくな。」

ネオは諦めたように首を振る。

ネオ
「おれには信じられないんだ。モーフィアス、おれは戦えるのかどうか分からない。おれは戦士じゃない。こんなのでどうやって勝つんだ?」

モーフィアス
「何十年も前から、我々は現実のレベルで、なんのあてもなく、力と力で正面から戦ってきた。そうやってほとんど一世紀戦い続けて、いまは膠着状態だ。勝ち目があるとすれば、やつらのエネルギー源を破壊するしかない。やつらのプラグを引き抜くんだ。我々はマトリックスを破壊せねばならん。」

モーフィアスはニヤリと笑う。

モーフィアス
「覚えているか、ウサギの穴がどこまで深くつづいているか教えてやると言ったのを。」

ネオ
「ああ。」

モーフィアス
「私は君を深いところまで連れてきたが、ここから先は私も道を知らない。刻一刻と我々はかつてない深みに降りてゆく。今や君は我々を導く松明だ。君の力は私の百万倍だ。私は君に、勝利への道を示したのだ、ネオ。いまこそ我々を導いてくれ。」

屋内:メインデッキ
モーフィアス、ネオ、トリニティー、チョイ、そしてナイオビが椅子に座り、シルカとレーザーの手でプラグを差し込まれる。

レーザーはオペレーター席に飛び込み、手がブレて見えるほどの早さでタッチスクリーンとキーボードを操作して、仲間たちをマトリックスに送り込む。

モーフィアス(画面外から)
「諸君、やつらの喉元に直接飛び込むぞ。」

斜めからの映像:レーザーとシルカが、狂ったようにキーボードを叩いている。レーザーがENTERキーを叩く。二人は固唾を呑んで画面を見守る。猛スピードで流れ落ちていたマトリックス・コードが、静止して読めるようになる。二人は両手を上げてハイタッチを交わし、またハッキングを続ける。

モーフィアス(画面外から)
「時の利は我々にある。我々がこんなに早く戻ってくるとは思っていないはずだ。」

屋内:放棄された倉庫

鳴っている電話の周りに、五人のクルーが直立不動で並んでいる。仮想空間での肉体イメージに、ネットから精神を流し込む途中なのだ。ブルーカラーの労働者のように、彼らは実用的なデニムや革に身を包んでいる。彼らは全く目立たない服装をしているが、膨らんだ上着や手提げ鞄には火器が詰まっている。

屋内:メインブリッジ

シルカ
「なにか変わったことが無いか注意して。やつらは色んなものを変更してるわ。ダイアル0でオペレーターに繋がります。」

屋内:放棄された倉庫

モーフィアスが携帯電話を耳に当てている。

シルカ(画面外から)
「では、幸運を祈ります。」

モーフィアスが電話を上着のポケットに落とす。他のクルーが彼の方を向く。

モーフィアス
「ナイオビ、君はオペレーターとの交信を担当してくれ。ネオ、何か作戦は考えてあるか。」

ネオ
「メインフレームはどこにあるんだ?」

モーフィアス
「メタコーテックス・ビルディングだ。」

ネオは唖然とする。

ネオ
「何だって?おれが働いてたところじゃないか。」

チョイ
「あそこでおまえは何をしてたと思う?ゲームのプログラミングか?……実は敵の手伝いをしてたのさ。」

トリニティー
「その通りよ、ネオ。メタコーテックスは、人間を雇ってマトリックスのプログラムを書かせてるの。」

ネオ
「おれは確かロクでもないデータベースを作ってるつもりで…」

モーフィアス
「それは単なる隠れ蓑に過ぎん。そうやって悪意のない人々の手で、邪悪なシステムが作られていくのだ。だが、そんなことをいまさら気にしても仕方がない。」

ネオは立ち直る。

ネオ
「こういう作戦はどうだ?おれがメタコーテックスまで歩いていって、ビルごと吹っ飛ばす。」

チョイが笑う。

チョイ
「おいおい、ん念力~~~って奴かい?」

ネオは頷く。チョイの笑いが消えてゆく。彼は他のクルーを見回す。

チョイ
「冗談だよな、おい?」

モーフィアスが首を横に振る。

モーフィアス
「我々は市内に散開して、邪魔が入らないように見張りをする。もし君が任務を達成できたら、我々は船に戻る。連絡を怠るな。携帯電話を無くしたら、すぐオペレーターと連絡を取れ。」

屋外:放棄された倉庫

五人が倉庫から出てくる。彼らは難なく街の人込みに紛れ込む。モーフィアスはふとネオの行く方向を振り返る。背の高いネオの頭が、人の流れと共に遠ざかっていく。

ナイオビがモーフィアスの隣で立ち止まる。

ナイオビ
「どうしたの?」

モーフィアスは困惑したように首を横に振る。

モーフィアス
「これからどうなるんだ?もし我々の戦いが…これで終わるとしたら?」

ナイオビ
「想像もつかないわね。」

モーフィアスはナイオビに笑顔を見せてから、自分の持ち場に向かって歩き出す。歩いていく彼の横顔が、壁に貼られた指名手配のポスターに重なる。黒ずんだ、粒子の粗いモーフィアスの写真である。ネオとトリニティーの写真も並んでいる。

ポスターのアップ:「国際テロリスト」

モーフィアスはそれを横目でチラリと見て、さらに歩き続ける。

屋外:繁華街の通り

ネオは通りすぎる人々を観察しながら、落ち着いて歩く。男、女、子供…彼らはみんな、自分たちが本当は何者でどこにいるのかを知らない。

内出血したように赤い鼻の、汚いホームレスが、人込みの外れをよたよたと歩いている。人々は彼に気付かないし、見えてすらいないのかもしれない。ふと、ホームレスはネオと目を合わせる。

ホームレス
「あんた、25セント玉くれんかの。」

ネオは首を横に振るが、目はそらさない。

斜めのアングル:ホームレス。彼は何事かをつぶやいて、いつも持っているショッピングカートの中のゴミ袋に手を突っ込む。なんとそこには20$札が、何千枚も詰まっている。

ネオ
「かわりに25万ドルでいいかい?」

ホームレスは呆然としている。彼が立ちすくんでいる間に、ネオは人込みに消えていく。

屋外:森の中の空き地

スミスとグレゴリーが闘っている。スミスは常に一枚上手だ。彼は情容赦無い「センセイ」である。だがグレゴリーは何度叩きのめされても、跳ね起きてかかっていく。

遂にグレゴリーがスミスに対して優位に立ったかと見えた時、グレゴリーはいきなり速射砲のようなコンビネーションを喰らって地面に倒れ、息切れして立ち上がれなくなる。

グレゴリー
「畜生。」

スミスはグレゴリーの周りを歩く。

スミス
「痛みとは、君の弱さが身体から出ていく証だ。君が充分に強くなれば、痛みは感じなくなる。」

グレゴリー
「何がどうなっているのか教えてくれ。世の中のどこが問題なんだ?」

スミス
「立ち上がって闘え。」

グレゴリーは立ち上がって間合いを取る。スミスは悠然たる構えでグレゴリーを見据える。スミスがグレゴリーに軽く一撃を加えると、グレゴリーはそれをいなしてジャブを繰り出し、もう少しでスミスの顎を捉えそうになるが、惜しくもかわされる。二人は向き合ったまま円を描いて移動する。

スミス
「世界は君のためにあるのではない。」

彼はグレゴリーの顔を狙うがガードされ、グレゴリーの反撃をかわす。

グレゴリー
「どういうことだ?」

スミス
「君は人間ではないのだ、グレゴリー。だから君には居場所が無い。だから君には特殊な力がある。」

グレゴリーは強烈な一撃を受ける。二人はしばらく打ち合い、それから互いを突き飛ばすように離れる。

グレゴリー
「じゃあおれはクリプトン星から来たってのか?」

スミス
「そういう意味ではない。だが人間の進化の過程で、平均以上の能力を持つ個体も現れると言うことだ。現実を変える力。私にはそれがある。他のエージェントもそうだ。そして君もそれを持っている。モーフィアスと呼ばれる人物の独裁恐怖政治から法と秩序を守れるのは、我々しかいない。」

二人は、しばし闘うのをやめる。

スミス
「テロを食い止めるために、我々には君が必要だ。君が世界を救うのだ。」

スミスの言葉が、グレゴリーの心に響く。グレゴリーは彼を信じ始める。

スミス
「我々には君が必要だ。君は私より強いからだ。さあ、今までの自分の殻を破れ。君は想像を現実に変えることができる。君の手が私を打つ姿を、君が私を越える姿を心に描け。闘うのだ、小僧!」

スミスはグレゴリーに襲いかかり、グレゴリーが応戦する。拳と蹴りはますます加速し、やがてぼやけて見えなくなる。グレゴリーは自分の動きが信じられない。スミスが防御に失敗し、グレゴリーの拳を胸に受けて後方に吹き飛ぶ。

倒れたスミスは呼吸を調えながらグレゴリーを見上げる。グレゴリーは周囲を見回す。チャンドラがいない。

グレゴリー
「チャンドラはどこだ?」

スミスは立ち上がる。背中の後ろからスミスは野球ボール大のガラス球を取り出す。彼はそれをグレゴリーに投げてよこす。

スミス
「ここだ。」

グレゴリーは球を見つめる。街を見渡すアパートの一室が見える。チャンドラはベッドの中で、目を覚まそうとしている。

スミス
「彼女は私と会ったことを覚えていない。大丈夫だ、心配するな。」

ガラス球は消え去る。

スミスはイヤホンに手を当てる。

屋内:オフィスビル。

エージェント・ブラウンが地上を見下ろしている。通りの向こうからネオがビルに向かって歩いてきている。

ブラウン
「奴が戻ってきた。」

屋外:森の空き地。

スミス
「すぐ行く。防衛プランを実行せよ。」

スミスはグレゴリーの方を見る。

スミス
「ついてきてくれ。だが手は出すな。まだ君が敵と戦うのは早すぎる。」

グレゴリー
「どうして?」

スミス
「私に勝てない限り、やつらには勝てない。」

スミスは指をパチンと鳴らす。

屋外:屋上

気がつくとグレゴリーは一人で、メタコーテックス・プラザを見下ろすマカラオ・ホテルの屋上にいる。

屋外:街路

メタコーテックス・ビルが通りの向こうに立っている。ネオは嫌と言うほどこの道を歩いて通勤したものだが、それはいわば前世での出来事である。

ネオは片手を上げ、掌をビルに向ける。

ネオの視界:ビルは光り輝く巨大なエネルギーの塔として揺らめいているが、ネオの目から見れば三次元ポリゴンの仮想現実でしかない。

屋外:ビルの屋上

モーフィアスとナイオビが、数ブロック離れた別のビルの屋上に立って、メタコーテックス・ビルの方を見ている。

ネオ、斜めから:

ネオはビルを見据え、それから頭を垂れて目を閉じる。

まるで陽炎のように、ビルは微かに震動する。ゆっくりと、ビルは下に向かってずり落ち始める。

斜めからの映像:ビル一階。外装のガラスが幾百万の輝く破片になって蒸発していき、中のオフィスの仕切りや通路が見え始める。

壁やデスクや仕切りが蒸発し、何百人もの人々が---オフィスワーカーが、守衛が、清掃員や用務員が、何もない空間に取り残される。

ビルを支える巨大な鉄骨が蒸発する。

画面切り替え:ビルの地階。あらゆるものが消えて、フロア全体が見通せる。がらんどうになったビルの中を、呆然とする人々の間をすり抜けて私達は通りすぎ、反対側に突き抜け、そしてネオを見る。

ネオは上を見上げる。今やビルを支えるものは何もない。ゆっくりと、ビルが落ちてくる。立ちすくむ人々の上に。人々はどっと逃げ出す。絶叫し、あるものは恐怖のあまり笑いだし、天井が落ちてくる前に逃げようとする。最後に残された数人は、天井が地面に着く前に辛くも逃れる。一階と同じように二階が溶け始める。

屋外:ビルの屋上

ナイオビとモーフィアスが、一階ごとに崩れていくビルを、呆然と見つめている。

ナイオビ
「ネオが始めたのね。」

モーフィアス
「そうだ。」

屋外:街路

チョイとトリニティーが、少し離れたビルの陰から、メタコーテックス・ビルの屋上を見上げている。ビルが沈んでいくと同時に、悲鳴を上げて逃げる群衆が角を曲がって洪水のように現れる。

チョイ
「まさか、こんな簡単に…」

トリニティー
「まだ終わったわけじゃないわ。」

男の声(画面外から)
「その通りだ。」

クローズアップ:トリニティーの顔。誰かが銀色のデザートイーグル45口径の銃身を彼女のこめかみに押し付ける。私達はブレットタイムに入り、彼女の顔の前で銃が火と衝撃波を噴き、彼女のサングラスを吹き飛ばし、同時に彼女が後ろに倒れながら二丁の MAC-10 Uzi を上着の下から抜くのを見る。

男の声はエージェント・ブラウンのものだった。

チョイは振り向きざま、コートの下から短い武器をとり出す。それは角張っており、ソーダの350ml缶ぐらいの短い銃身が着いている。チョイはそれをブラウンの背中のへこんだ部分に押し当て、引き金を引く。

火柱がブラウンを貫き、腹部に開いた大穴から湯気と炎と煙と背骨と内蔵を吹き飛ばす。

武器のクローズアップ。それはリコイルで跳ね上がり、ソーダ缶サイズの薬莢を吐き出す。

現実時間

ブラウンの残骸が前方へ吹き飛ばされる。チョイはトリニティーを助け起こし、ビルの中へ後退して窓の下に身を隠す。その窓越しに、兵士を満載した軍用トラックが、メタコーテックス・プラザの方に向かって猛スピードで走り去るのが見える。トラックに続いて、地響きと共に、黒塗りの M1A2 エイブラムス戦車がやって来る。黒いアパッチ・ヘリコプターが車列の上を飛ぶ。

チョイは窓から外を伺いながら、ハンドキャノンをリロードする。

チョイ
「えらいファッキンなことになってきたぜ。」

トリニティー
「まさに蜂の巣をつついたって奴ね。」

屋内:メタコーテックス・ビル内のオフィス

エージェント・スミスとジョーンズが、ビル前の広場を見下ろしている。沈み込みながら、ビルは微かに揺れている。

広場に繋がる三本の通りから、軍用車両が押し寄せてくる。数百人の兵士が輸送車から現れ、ネオの周りをL字型に包囲する。轟音と共に戦車が現れ、上空でアパッチがホバリングする。パニック状態の市民が、戦場から我先に逃げ出していく。

ネオは静かに立ったまま、自分の仕事を続けている。

屋外:屋上

モーフィアスとナイオビが屋上から見下ろしている。

屋外:メタコーテックス・プラザ

ゆっくりと崩壊を続けるビルと共に、空気が震える。一瞬空が光り、巨大な稲光が横切る。まるで「現実」に亀裂が走ったように。

クローズアップ:兵士たち

銃身を並べてネオを狙っている。不安そうだ。

兵士
「こんなバカなことが…一体何が起きてるんですか?」

軍曹
「とにかく奴から狙いを外すな。」

屋内:戦車砲塔

クローズアップ:戦車砲手

照準器に目を押し付け、指を発射ボタンに乗せている。

砲手の視点:照準器
緑色の照準が、ネオの胸に合わせられている。

クローズアップ:ネオ

彼の目が開くが、ビルは崩れ続けている。ネオはミラーガラスの無数の窓の一つを見上げ、なぜかまっすぐに一人の男の目を見据える。

クローズアップ:「男」、すなわちエージェント・スミス

スミス
「撃て。」

炎の壁と曳光弾の指が包囲網から放たれる。私達がブレット・タイムに突入すると、曳光弾はオレンジの炎の尾を引いてネオに迫ってゆく。

発光用の火薬が後ろで燃えるにつれ、弾丸の群れはジリジリと焼け焦げる音を立てながら飛ぶ。弾丸はナメクジのようにネオに向かって進む。L字型の戦列から放たれた幾千の弾丸が、互いに直交する直線を描いてネオに迫る。ネオに近付くにつれ密集してゆく弾丸が、互いに鋭い金属音を立ててぶつかり、弾ける。

すべての弾丸が一斉に静止する。曳光弾の火薬は同じ場所に止まったまま燃え続けている。世界がストップモーションになっている間に弾丸は静止し、百八十度回転し、時間が再び加速すると共に、もと居た場所に向かって次第に速く飛び始める。弾丸はどんどん加速し、遂に現実時間が戻ってくる。

兵士たちの列は、戻ってきた自らの弾丸によって引き裂かれる。

クローズアップ:機関銃手。ネオに向かってM-249軽機関銃を撃っていた銃手は、自分の銃弾でズタズタになる。一人の兵士がネオを撃つと、弾丸が肩にめり込む。何が起こっているのか理解した彼は、武器を捨てる。

兵士たちはバタバタと倒れていく。銃声はすぐに消えていく。

ネオはその中央に一人立ち、無傷である。彼は自分を包囲する戦列を見る。生き残った兵士は武器を捨て、逃げる。パニックが起こる。わずか数人の上下士官と、驚きのあまり腰を抜かした兵士たちだけが後に残る。

屋内:ヘリコプター操縦席

ネオが液晶スクリーンの上で照準を合わせられている。

パイロット
「Fox One.」

屋外:ヘリコプター側面の補助翼

クローズアップ:AGM-65 (114?) ヘルファイア空対地ミサイル

ミサイルが爪から外れ、推進剤に点火し、加速しながら画面を出ていく。

視点:ヘルファイアミサイル先端の内蔵カメラ

ミサイルは広場の上を水平に飛び、次に上昇し、それからネオに向かって下降する。ネオがミサイルを見つめると、着弾寸前にミサイルは反転する。

屋外:広場

ミサイルは排気煙だけを浴びせてネオを素通りする。

視点:ヘルファイア内蔵カメラ

ミサイルは斜めにバンクし、都市をぐるりと見渡しながら向きを変え、遂に元のヘリコプターにロックオンする。

屋内:ヘリコプター操縦席

ミサイルがヘリに迫ってくる。

クローズアップ:パイロット

彼はショックで動けない。声の無い叫びの形に口を開いたまま、彼は自分に起きることを見守る:

屋外:ヘリコプター

ヘリは爆発し、多数の燃える破片となり、兵士や一般市民が逃げ出す中、街路に落ちてバウンドする。

屋内:戦車砲塔

戦車長
「撃て!」

砲手が引き金を引く。

屋外:M1A2 エイブラムス戦車

戦車そのものより大きく、松の木のような形をした炎が砲身から噴き出した瞬間、私達はブレット・タイムに入る。その炎を突き破り、白熱したHEAT弾が、レーザー光線のような煙の尾を引いてネオに迫る。

現実時間

煙の尾はネオの前で静止し、やがて煙が吹き払われてHEAT弾が姿を現す。空中に引っ掛かったまま、砲弾はもがくように震動する。やがて砲弾は後ろ向きに加速を始め、戦車の砲身にまっすぐ飛び込む。

屋内:戦車砲塔。

砲手の絶叫と共に砲尾が爆発し、私達の視界を遮る。

屋外:戦車

戦車は60トンの手榴弾のように金属片をまき散らして爆発し、破片は兵士たちの顔面にめり込み、不運にも近くにいた者たちを消滅させ、30トンの砲塔を10メートル上空に舞い上がらせる。砲塔は回転し、炎を噴き、落下して、側にいた司令官と通信兵を押し潰す。

屋内:メタコーテックス オフィス

爆発がビルを揺さぶる。眼下の光景は地獄絵図だ。燃える残骸から黒煙が立ち昇る。生き残った戦車は退避しようとしない--乗員がハッチからこぼれ出して、逃げていくからだ。アパッチヘリたちが背中を向けて逃げていく。

エージェント・ジョーンズ
「防衛プランが機能していない。」

エージェント・スミス
「同感だ。」

エージェント・ブラウンが部屋に入ってくる。

「君の手先は使えるか。」

エージェント・スミス
「まだ無理だ。この事態は私が処理する。」

エージェント・ジョーンズ
「君では彼に勝てない。」

エージェント・スミス
「私は以前の私ではない。私はスミス、ver. 2.0だ。」

エージェント・ブラウンとジョーンズが顔を見合わせる。

クローズアップ:スミス
彼は何かに対して身構えるように、歯を食いしばる。

スミス
「他の奴等を殺せ。ここは私に任せろ。」

屋内:メインブリッジ

レーザーがオペレーター席で、機械に囲まれている。マトリックスコードを映すモニタのいくつかは青く、他のいくつかは赤く、ただ一つだけがグリーンだ。グリーンのモニタ上のコードが、突然信じがたいスピードで雪崩れ落ち始める。

レーザー
「くそ。」

彼はキーパッドから何か入力する。

屋外:屋上

モーフィアスが電話を取る。

屋内:メインブリッジ

レーザー
「やつらが何か仕掛ける気だ。エージェント・プログラムに処理能力が集中して、やつらは船長の三次元座標をロックした。」

屋外:屋上

モーフィアス
「ゴーストを送り込んで、やつらのロックを撹乱してくれ。」

レーザー
「了解。」

屋内:メインブリッジ

ゴーストプログラムがロードされる。モニタ上を、モーフィアスや他のクルーの三次元映像が横切る。

屋内:オフィスビル

スミスが一人で立っている。同僚たちの姿はない。

スミスの前の窓ガラスが熱で揺らめく。

屋外:オフィス

スミスのオフィスのミラーガラスが揺らめいたとおもうと、私達に向かって爆発する。飛び散る破片と共に、スミスが割れた窓から跳び出し、私達は彼の落下を追って移動する。スミスは舗装を粉砕して、跪くようにネオの前に着地する。

屋外:メタコーテックス前広場

スミスは立ち上がり、二メートルほど離れてネオと向かい合う。

ネオは集中を乱される。メタコーテックス・ビルは、びりびりと震えながらも崩壊を停止する。

ネオ
「戻ってきたのか。」

クローズアップ:スミス

スミスは頷く。

ネオ
「ポニーテールが似合うぜ。」

私達がネオに気を取られ、ネオがスミスに気を取られている間に、ネオの背後に複数の黒スーツが集まってくるのが見える。

ネオはスミスに打ちかかる。スミスはブロックの上から打たれるに任せてゆっくりと後退する。その間、黒スーツの男たちはネオに接近する。ちょうどネオがスミスの顎に強打を決めた途端、三つの声が同時に呼びかける。

「おい!」

ネオが振り返る隙に、スミスはネオを突き飛ばす。そこには:

スミスが三人!三人は同時に打ちかかる。一人は身を沈めて膝をたたき折るようなローキックを、二人目はネオの顔に拳を、三人目は横に跳んで、えげつない横蹴りでネオの腹に爪先を叩き込む。

決して互いを邪魔することなく、六本の腕と脚が一糸乱れぬ連携攻撃を放つ。ネオは吹き飛ばされる。血にまみれた最初のスミスの方へ。スミスが腕を突き出すと、ネオはまるで煉瓦の壁に倒れ込んだように動きを止められる。エージェント・スミスはネオを掴み、がっちりとフルネルソンを決め、三人の分身に向かってネオを固定する。分身たちは互いに位置を入れ替え、再び襲いかかる。二人が肩を並べて立ち、二本の腕を一体にしてネオの顔面に叩き込んだと思うと、離れた二人の間から三人目が現れる。脇の二人の肩を掴んで、三人目はネオの身体を蹴りながら足から頭に向かって駈け上がり、一回転して最後に下からネオの顎を蹴り上げる!ネオの頭が鞭のように天を仰ぎ、背中にまで血が降りかかる。

屋外:屋上

モーフィアスとナイオビが闘いをじっと見守っている。

モーフィアスが煉瓦の壁の端をグッと握りしめる。その握力で煉瓦がボロボロと崩れる。

モーフィアス
「我々は見ていることしかできない。」

屋外:広場

ネオへの攻撃が続く。ネオはもがくが、集中する暇が無いので反撃の糸口が見つからない。

屋内:メインデッキ

レーザーが猛然とキーボードを叩き続ける。

レーザー
「エージェントが四人かよ。道理で奴等も処理能力を食われるはずだ。」

屋外:屋上

ナイオビとモーフィアスのそばを飛んでいた鳥が次第に速度を落とし、羽ばたきさえも遅くなり、遂にフリーズする。

クローズアップ:モーフィアス。ピンクの稲妻が空を走った瞬間に静止し、そのためあらゆるものが薄赤く照らされたままになる。

屋外:街路

広場の付近で、必死に逃げていた一般市民の動きが遅くなり、まるで気を失ったように地面に倒れる。

屋内:メインデッキ

レーザーがモニタを流れ落ちるデータをにらんでいる。

レーザー
「こんなの…ありかよ…」

彼のヘッドフォンでチャイムが鳴る。

レーザー
「こちらオペレーター。」

屋外:屋上

モーフィアスが携帯電話で話している。

モーフィアス
「一体これはどういうことだ。」

屋内:メインデッキ

レーザー
「奴等がマトリックス内の人間を全部スリープさせやがった。マトリックス全体を停止させたみたいだ。」

モーフィアス
「何のために?」

レーザー
「全ての処理能力が、エージェント・プログラムに注ぎ込まれてる。」

ナイオビは屋上の端まで歩いていって、下を指さす。

ナイオビ
「モーフィアス、見て!」

眼下の広場に、エージェント・スミスの大群がいる。

屋外:街路

気絶していた人々が立ち上がり、一人ひとり、エージェント・スミスに変貌していく。これが何度も、何度も繰り返され、十人が百人になり、広場を埋め尽くして動き始める。

屋外:広場

スミスにフルネルソンをかけられたままのネオが手を背後に回し、スミスの頭を両手で挟む。前方の三人には殴られ放題のまま、ネオは唸り声を上げて手に力を込める。ネオの唸りにスミスの呻きが混じる。挟まれたエージェントの頭が歪んでいき、みりみりと胸の悪くなるような音が聞こえる。突然、スミスの身体は本来の持ち主である守衛の身体に戻り、彼の頭はそのまま爆発する。

束縛を解かれたネオは守衛の死体の上に仰向けに倒れこみ、そこに三人のスミスがなおも襲いかかる。ネオはそのまま宙返りして立ち、左へ身を踊らせて、三人のうち一人だけと向かい合う。ネオの必殺の一撃はガードをぶち抜き、スミスの一人を破壊する。スミスは倒れ、ネオは残る二人をジャンプキックの一撃で吹き飛ばす。

着地したネオに向かって、あらゆる方向からスミスの壁が押し寄せ、ネオの周囲に円形の空間を残して立ち止まる。

カメラはそのまま引き、私達は広場を埋め尽くす黒スーツのスミスの大群を目にする。

クローズアップ:ネオ

手で顔をひと撫ですると、ネオは傷一つ無い元の顔に戻る。ネオは広場を埋め尽くしたスミスたちをじっくりと観察する。

スミスはいつもの声で、しかし千人分の声で話す。

スミス
「ネオ、マトリックスを出ていけ。自分のしていることは分かっているだろう。」

ネオ
「ふん、そうかな?」

ネオは振り返り、メタコーテックス・ビルを見る。ビルは自己修復している。鉄骨が伸び、コンクリートが盛り上がる。

ネオの表情が暗くなる。

ネオ
「やめろ!」

ネオの怒りがビルに向かって伸びると、「現実」が陽炎のように揺らぐ!ビルの上層階が炎に包まれ、そして爆発する。爆発はビルを引き裂いて降りてゆくが、次第に速度を落とし、やがて止まる。

何千ものスミスがじっとビルを見上げて意識を集中させ、ネオの攻撃に対抗している。

屋外:屋上

グレゴリーはビルが爆発するのを見て、逃げ出す。彼は屋内へ通じるドアを身体で突き破る。

屋内:階段

グレゴリーが、踊り場から踊り場へ一跳びに移動しながら、階段を下りてゆく。

屋外:メタコーテックス・ビルディング

ビルは爆発の途中で凍りついている。無数の破片が中空に止まり、炎の蔓と、煙や粉塵の腕だけに支えられている。

スミスたちがネオを襲う。彼らはひたすら人海戦術でネオに挑み、バタバタと死んでゆく。その隙にメタコーテックス・ビルディングは破片を引き寄せて蘇ってゆき、周辺の時間と空間が逆転するにつれて損傷と炎が消えていく。

場面転換:

屋外:屋上

クローズアップ:エージェント・ブラウン

イヤホンに手をやりながら、彼はゆっくりとエレベーターのドアを出る。拳銃を手に、彼は角の向こうを伺う。

モーフィアスとナイオビがそこに立っている。ブラウンに背を向けたまま。

ためらうことなくブラウンは二人に接近し、絶対優位の状況で背後から撃ちまくる。

モーフィアスとナイオビの身体は銃弾を受けてガクガクと踊り、ボロ布のようになって崩れ落ちる。

ブラウンは死体に向かって歩き、片足で蹴る。死体は揺らめき、そして消滅する。もう一つの死体もそれを追うように消える。

屋内:メインデッキ

レーザーが電話をダイアルする。モーフィアスが携帯電話を取る。

モーフィアス(声のみ)
「私だ。」

レーザー
「奴等が船長たちのゴーストを攻撃してる。」

突然、凄まじいノイズが回線を襲う。

レーザー
「うわっ、何だ…」

回線は切れる。

屋外:屋上

モーフィアスは切れた携帯電話を見つめてから、リダイアルする。レーザーが出るが、彼の声はデジタイズされ、歪んでいる。

レーザー
「奴等が来る。アクセスポイントはラックス…」

回線が切れる。

モーフィアスはナイオビに合図する。二人は屋上を離れて、トリニティーに電話をかける。

屋内:空きビル

チョイとトリニティーが、空き部屋の物陰に隠れて、闘いを見守っている。トリニティーの携帯が鳴る。彼女は黙って電話に出る。

モーフィアス(声のみ)
「行くぞ。ラックス3だ。」

トリニティー
「ネオは?」

モーフィアス
「ここにいても我々には何もできない。足手まといになるだけだ。」

チョイとトリニティーは部屋を出る。

屋内:ロビー

グレゴリーが転がるようにロビーに降りてくる。至る所で人々が眠っている。机に突っ伏し、椅子からずり落ち、床に倒れて。

屋外:広場

グレゴリーが通りに出てくる。そこはまさに地獄絵図である。

ネオンのようにピンクの稲妻が貼り付いたままの空の下、炎は凍りつき、そそり立つ煙の柱は大木の幹のように動かない。

戦いは荒れ狂い、果てもなく波のように押し寄せる。千人のスミスが、ただ一人のネオに殺到する。見渡す限りの地面を埋め尽くして、死体が折り重なっている。ネオに殺され、エージェントに放棄された人間の死骸である。あらゆる年格好の男や女が、叩き潰され、首をもがれ、破壊されている。

クローズアップ:ネオ

スミスの軍勢は圧倒的な数の力で押し寄せる。ネオの動きは人間の視力を越え、今やまるでチェインソーのように、むらがるスミスを潰し、粉砕していくが、スミスはあらゆる方向から迫ってくる。倒れる死体は折り重なり、ネオは自分がグニャグニャとした死体の山の上に立っているのに気付く。さらに何体かのスミスが砕かれ、身体を盗まれた元の人間に戻りながら倒れると、ネオは膝まで死体の山に埋まっている!

ネオはもう耐えられない。息を詰まらせながらネオは死体の山から逃げ出そうとする。さらなるスミスたちが死体の山を登ってネオにのしかかり、容赦なく殴り続ける。自分が殺したばかりの女の、生気を失った青い瞳と目が合った時、ネオはショックで動作が止まる。彼女は驚くほどトリニティーに似ていたのだ。

おそらく初めて、ネオはこの戦いが何をもたらすのか、はっきりと認識する。スミスたちに殴打されながらも、ネオはもう何も考えることができない。

そして、ネオは遂に狂った!絶叫と共にネオは野獣が爪で引き裂くように道を開き、押し寄せるエージェントの群れに突進する。だがネオは跳ね返される。スミスの増殖が、ネオが殺していく速さを上回っているのだ。ネオは跳躍し、上空に飛び去ろうとするが、スミスたちが彼にしがみつき、さらにそのスミスたちに無数のスミスがしがみついていく。

屋外:広場

ネオは飛び立とうして暴れるが、磁石に付着する鉄粉のように彼にしがみついた黒スーツの群れが、ただ鍾乳石のように伸び上がっていくばかりだ。

クローズアップ:ネオ

目も口も大きく開いたまま、彼の顔は恐怖とショックで歪んでいる。力尽きて上昇できなくなった彼は、自分が引きずりあげたエージェントの山を見下ろす。見たものを否定するように必死に目と口を閉ざすが、絶叫が身体の奥深くから沸き上がる。彼の身体は光り始め、カメラが跳びすざるように引いて、私達は見る:

巨大なオレンジ色の衝撃波の球が、彼の身体から発せられる。球は広場の地面に達して、降り積もった無数の死者を宙に舞い上がらせ、ネオに絡み付くスミスたちさえも吹き飛ばし、ネオはただ一人宙に浮かんで叫び続ける。

あらゆるものが速度を失い、力を使い果たしたネオは、よろめくように空から降り始める。ネオン色の光の中を降りていく途中、ネオは衝撃で舞い上がるいくつもの死体と擦れ違う。ネオが地面に叩き付けられ、バウンドし、大の字に倒れて動かなくなる間、彼の周りの至る所に、死者たちが落ち、折り重なり、まるで悪魔の雪のように降り積もっていく。

屋外:路地(マトリックス)日中

空とマトリックスはまだフリーズしている。トリニティーとチョイは、物陰から物陰へ飛び移りながら、用心深く進んでいく。ごみコンテナの陰に隠れ、前方の様子を窺おうとしたところで、金属と金属が軽く当たるような音が二回聞こえる。

トリニティーは音のした方を見る。路地の行き止まり近くで、モーフィアスとナイオビが物陰に立っている。トリニティーとチョイは彼らの方へ向かう。

トリニティーは用心深く物陰から覗く。通りの反対側に、電話ボックスがある。

トリニティー
「大丈夫だと思う?」

モーフィアス
「待ち伏せの匂いがする。」

ナイオビ
「私もそう思う。静かすぎるわ。」

チョイが銃を握りしめ、顔をしかめる。

チョイ
「静かすぎる?世界がフリーズしてるんだから当たり前だよ。おれが先行する。」

誰も賛成しない。

現実時間が突然戻ってくる。空にかかったままだった稲妻がまた動き出し、凄まじい雷鳴を轟かせて消える。四人は自分の頭蓋骨から跳び出さんばかりに驚く。都市の騒音が再び戻ってくる。

道路では、スリープしていた人々が動き出し、立ち上がる。何が起こったのか、皆不思議がっている。

屋外:広場

死者の海が広がっている。その真ん中から、全身血にまみれ、息を詰まらせて喘ぎながら、ネオが現れる。ネオは死体につまずいて転ぶ。目にショックと狂気を宿したまま、彼はメタコーテックス・ビルディングをチラリと見る。今や再構築が終わり、ビルは傷一つない。

ネオは社屋の前の、ボロボロになったシンボル彫刻にどさりともたれ掛かる。落ちていた携帯電話を拾い上げ、ダイアルする。

ネオ
「モーフィアス、回収してくれ。」

ノイズしか聞こえない。うんざりしてネオは電話を投げ捨てる。彼は彫刻にもたれたまま、顔を上げる。角の向こうから、エージェントと兵士の一隊がやって来るのが見える。

ネオは身体を低くして身を隠し、自分の両手を見つめる。息を止め、意識を集中させる。血が消えていき、ネオは誰でもない黒衣の兵士の姿になる。ネオの顔さえも変化するように見える。

ネオは立ち上がり、歩み去る。私達には彼の後ろ姿しか見えない。

屋外:路地---日中

四人はしばし議論する。最後に、モーフィアスがチョイに向かって頷く。

モーフィアス
「行け。」

チョイは弾薬をチェックし、いくつかの銃をコートの下に隠す。今や通りには人々があふれている。誰もが先程の出来事にショックを受けているようだ。市の中心部からは、まだ煙がいくつも上がっている。

チョイ
「やれやれ、我ながら厄介なことに志願しちまったな…良い子のみんなは真似しちゃ駄目だぜ!」

電話ボックスや、他のあらゆるものに目を光らせながら、チョイは通りに出る。美しいアジア系のビジネス・ウーマンが、彼にぶつかりそうになる。知り合いに気付いて彼女の顔は輝き、彼女はチョイを引き止める。


「チョイ?うわー、何ヶ月ぶり?」

チョイは周囲に目を配りながら、電話ボックスに向かって歩く。

「あ、ああ、悪かったな。」

彼女は腹を立てる。

「悪かった?その程度で謝ったつもり?」

屋外:路地(マトリックス)---日中

トリニティーが物陰から様子を見ている。

トリニティー
「色男、昔の女に出会うって図ね。」

屋外:街路(マトリックス)---日中


「バカ。このろくでなし。チョイ、あんたの気まぐれにはもうウンザリよ。」

チョイは女を無視して、電話ボックスに向かって歩いていく。その態度が女を激怒させる。怒り狂った顔に、涙があふれてくる。

「チョイ、あんたに良心の一かけらでもあるなら、私のことをちょっとでも気にかけてるなら…」

いきなりチョイは自分のトレンチコートを電話ボックスの側面にかぶせる。電話ボックスの陰に立ち、コートを盾にするように、彼は電話に向かって右手を伸ばす。コートの内側に複雑にからみあったハーネスと、そこに隠された大量の弾薬に、彼女は気付きもしない。


「…どうして電話をくれなかったの?どうして、どうして…あなた一体何してるのよ?」

チョイ
「このコートは爆発の衝撃を防いでくれる。ときどきあいつら、電話に爆弾を仕掛けやがるんだ。幸運のまじないにキスしてくれ。」

チョイは彼女を掴むと、自分の口を彼女の口に押し付ける。

クローズアップ:電話

チョイの手が受話器を掴む。ダイアルトーンが聞こえ、そしてチョイの指が、ある番号ボタンをスローモーションで押し込む。いきなりダイアルトーンの音程が上がり、音が大きくなる。カメラは引き、そして:

電話ボックスが爆発する。チョイと女は、炎に吹き飛ばされる。

屋外:路地(マトリックス)---日中

通りにいる全ての人々が爆風で倒れるが、二人はコートを使って身を隠す。

屋外:街路(マトリックス)

電話ボックスは跡形もなく消えている。奇跡的にも、チョイと女はまだコートの下で守られている。煙の立ち昇るコートを投げ捨て、チョイはまだくすぶっている右肩の傷口を押さえて呻き声を上げる。右腕が根元から無くなっている。

女は目を皿のようにしてそれを見ている。震えながら、彼女は後じさるが、目を離すことができない。

チョイ
「君は幸運の女神じゃなかったな。」

モーフィアス、ナイオビ、トリニティーが駆け寄って、チョイを助け起こす。チョイは悲鳴を上げながら笑っている。誰かが煙を上げる彼のコートを掴んで、引きずっていく。チョイは運ばれながら、昔の女を見つめる。目が正気ではない。

チョイ
「まだ電話して欲しいかい?ハ、ハ、ハ!」

仲間たちが懸命に彼を支えて歩いていくうちに、チョイはだんだん自力で歩き始める。人々は悲鳴を上げて爆発の現場から逃げていく。

クローズアップ:四人

モーフィアスは画面外の何かを見つけて眉を曇らせる。彼は左側の壁に身を寄せる。

モーフィアス
「こっちだ。」

戦車と兵士たちが、角を曲がって行く手の道に現れるところだ。

四人は別の通りに入り込む。この通りも兵士で一杯だ。さらに悪いことに、彼らを率いているのはエージェント・ブラウンだ。

ナイオビ
「戦車か、エージェントか?」

トリニティー
「戦車。」

チョイ
「おう、まか戦車い。」

四人は離れる。チョイは自分の足で立ち、彼らは戦車がいた方の通りに駆け戻っていく。

クローズアップ:戦車たち

三両のエイブラムスが道に止まっている。恐るべき速さと正確さで、三つの砲塔が回転して狙いをつける。

間髪おかず、戦車は主砲と機銃を撃ち始める。殺人機械に炎の花が咲き乱れ、鉛弾の嵐を街路に送り込む。戦車の間に並んだ兵士たちは引き金を引き、そのまま指を戻さない。路上のあらゆるものが、まるで高圧水流を浴びたように引き裂かれ、吹き飛ばされる。

信じられないような敏捷さで、戦士たちは散らばって道の脇に隠れるが、チョイだけはその場に残っている。金属の暴風の真っ只中に彼は立ち、そこに曳光弾が近付いてくる。チョイは左腕だけでマシンガンを構え、敵に向かって乱射する。

曳光弾がチョイの銃から飛びだし、兵士の列に飛び込んでいく。戦車の傾斜装甲で弾かれた弾丸さえも、兵士の身体に突き刺さる。まるで炎の鋤を打ち込むように、チョイは敵を倒して行く。

クローズアップ:チョイ

無数の曳光弾がチョイに迫る。戦車砲弾が間近をかすめ、風圧でチョイを横にはね飛ばす。次々に弾丸が身体に食い込んでも、チョイは撃ち続ける。彼に撃ち込まれる弾丸はますます増え、肉や内蔵のかけらをかすめ取りながらチョイの背中を突き抜けて行く。

屋外:街路(マトリックス)---日中

トリニティーとナイオビは道路の片側に向かって走りながら、敵に向かって撃ち続ける。二人は道に面した建物にたどり着き、ナイオビはそのまま建物の壁面を駈け上がり、トリニティーは前転や側転で弾丸をかいくぐりながら、物陰から物陰へと跳び移る。

道の反対側では、モーフィアスが壁を駈け上がり、そのまま重力を完全に無視して、眼下の兵士たちに発砲しながら地面と平行に走り始める。

クローズアップ:チョイ

彼はそれでも倒れようとしない!機銃弾が彼の身体に飛び込み、身体をバラバラにしていく。弾丸が彼の頭から、首から、胴体から、肉片をむしり取り、遂に最後の斉射を浴びて彼は微塵と消えるが、銃身から煙を上げる彼のマシンガンは空中を回転しながらなおも撃ち続ける。チョイの左腕だけが残って、指を引き金から離さないのだ。そしてその腕も、とうとう地面に落ちる。

モーフィアスが、壁面をさらに高く駈け上がっていく。ストライドの途中で弾倉を替えたモーフィアスは、壁に両足を付けると同時に立ち止まり、地面に平行のまま壁面に立つ。

道の反対側では、ナイオビが壁面に立ち、全く弾切れしない二丁の銃で兵士の集団を撃ち続けている。上空の二人の死神から、兵士たちは逃げも隠れもできない。それでも彼らの大半は、前方やトリニティーの方に向かって撃ち続けている。

トリニティーが道の脇を走ってくる。弾丸が切れ、彼女が身を隠した店先の階段に向かって兵士たちは撃ち続ける。

クローアップ:兵士

スローモーションで、彼は手榴弾のピンを抜く。常識を超えたトリニティーの聴力が、その金属音を捉える。

クローズアップ:トリニティー

彼女は素早く拳銃に弾倉を叩き込み、スライドを動かし、手榴弾を投げようとしている兵士が見える分だけ物陰から身を乗り出す。彼女は撃ち、弾丸が手榴弾を捉える。手榴弾は兵士たちの頭上で爆発し、彼らをなぎ倒す。

一発の弾丸がビシリと音を立ててトリニティーの手首を貫き、タンポポの花がもげるように手が千切れ落ちる。切断された手首の血管から血がほとばしり、まだピストルを握ったままの手をぬらす。

道路の上空ではモーフィアスとナイオビがお互いに向かって跳び、生き残った敵の上空15メートルで相手の腕を掴み、その場で回転しながら撃ちまくる。戦車長たちは銃座から上を狙って機銃を放つが、弾丸は回転する二人を捉えられない。モーフィアスとナイオビは戦車長に攻撃を集中し、彼らを倒す。

モーフィアスとナイオビは散らばる死体の中に降り立つ。上着を腕に押し付けて、トリニティーがよろめきながら現れる。

屋外:街路(マトリックス)---日中

通りの反対方向が、兵士たちとエージェント・ブラウンで埋め尽くされる。

モーフィアス、ナイオビとトリニティーは、戦車が攻撃するには近すぎる位置にいたが、一番近くにいた戦車が彼らに突進してくる。彼らはコンクリートの階段を乗り越え、戦車の側面を乗り越える。戦車の砲塔が彼らを照準に捉えようともたつくうちに、三人は通りを走り去る。

モーフィアス
「ガレージへ行くぞ、急げ!」

戦車が主砲を発射するが、三人は何とか角の向こうに飛び込む。モーフィアスが女たちを前方へ突き飛ばすや否や、砲弾が建物の角を破壊し、コンクリートや煉瓦の壁を巨大な粉塵の雲に変える。大量の瓦礫が、モーフィアスの両脚の上に降り注いだようだ。それでもモーフィアスは腕の力だけで必死に前進する。彼に救われたナイオビとトリニティーが腕を掴んで、モーフィアスを瓦礫の中から引き摺り出す。ナイオビが鋼鉄のドアの錠前を銃で吹き飛ばし、三人は建物の中になだれ込む。

屋外:街路(マトリックス)---日中

エージェント・ブラウンと彼の兵士たちが、三人の隠れるビルの周りで素早く配置についていく。

突然、度肝を抜くような強力なエンジンの始動する音がして、私達が見ているガレージのドアが、手前に向かって吹き飛ばされ、フルチューンされた漆黒のカウンタックが道路に飛び出す。煙を上げるタイヤは、文字通り炎をまとっている。車は何人かの兵士の膝にぶつかってはね飛ばしながら、無茶なスロットルの音を響かせてこちらに走ってくる。

屋内:カウンタック(マトリックス)---日中

街頭の光景がフロントガラスの向こうで豪快に横滑りする。トリニティーがハンドルを握り、ボロボロで埃まみれのモーフィアスが助手席にいる。メーターはレッドゾーンを示したまま、カウンタックは引き裂くように通りを駈け抜けていく。慌てて逃げる通行人たち。

トリニティーは傷ついた手を胸に押し付け、片手で運転している。

「シフト。」

モーフィアスがシフトレバーを動かす。セカンド、サードとギアを上げていくたびに、タイヤが悲鳴を上げる。数秒のうちに、車は混雑した道を時速百キロ近くで走っている。

屋外:街路(マトリックス)---日中

カウンタックに蹴散らされた兵士たちがようやく立ち直ったところに、別のエンジン音が聞こえてくる---超強力な牽引用バイクが、焼け焦げたゴムが作る煙幕から跳び出してくる。銃身から飛び出す弾丸のようにバイクが加速する時、後部にある車輪のついたバーが、バイクが宙返りしないように支えている。兵士たちは発砲する暇もなくバイクを見送る。

屋内:カウンタック(マトリックス)---日中

退避用車線を使って他の車をゴボウ抜きしながら、カウンタックはハイウェイへの入り口をロケットのように駈け上がる。直線に入ると、トリニティーはアクセルを床まで踏み込み、車線から車線へと他の車をすり抜けながら、じわじわと時速200キロ以上まで速度を上げていく。モーフィアスは、ねじれて不自然に折り畳まれている自分の脚を掴む。彼は文字通り、座席に詰め込まれていたのである。精神を集中させ、顔を苦痛にゆがめながら、彼は複雑骨折した脚をまっすぐにしていく。彼は目を閉じ、精神を統一する。

脚は、まっすぐで頑丈な、元の状態に戻る。

モーフィアスは助手席から手を伸ばしてハンドルを掴む。

モーフィアス
「アクセルは離すな。手を治せ。」

トリニティーは残った手で、まだ血の流れる傷を掴む。顔が緊張し、彼女は目を閉じ、必死に集中し、いつ大事故が起きても不思議のない状況を、横合いから無理やりハンドルを操るモーフィアスに全て託して、外界を閉め出す。

再び目を開けると、トリニティーはハンドルを握る。両手で。

モーフィアスは携帯電話を取り出すと、使えるかどうか試してみる。まだ回線にはノイズしか聞こえない。

トリニティー
「つながりそう?」

モーフィアス
「全く駄目だ。奴等は都市全体の通信を寸断している。」

トリニティー
「だったらエージェントも互いに連絡が取れないか。」

モーフィアス
「彼らは我々を追跡できないが、かわりに出口を破壊し、ネブカドネザルを発見する(←フリーダムの間違いか?)暇がある。砂漠に入ってみよう。あそこは通信がまだ生きているかも知れん。」

トリニティー
「ナイオビは?」

モーフィアス
「あそこで落ち合うのは知っているはずだ。」

屋外:ハイウェイ(マトリックス)---日中

ナイオビのバイクがタイヤをきしませてハイウェイを走って行く。時速160キロ以上で、狂ったように車線を変えながら。車輪のついたバーは後輪の上に畳まれている。まるで巨大なマシンガンの銃弾を避けるように、彼女は二本の車の流れをすり抜けて行く。エンジンの爆音と共に彼女は視界から去る。

屋外:街路(マトリックス)---日中

グレゴリーが逃げるのをやめて歩き出す。彼は振り返って、警察と救急隊の車両がメタコーテックス・ビルの方へ殺到していくのを見る。彼は自分が目にしたものが忘れられない。グレゴリーが前を見ると、ちょうどある男に出くわす:

エージェント・スミス

グレゴリーは一瞬動作を止め、それから矢継ぎ早に質問を始める。

グレゴリー
「一体あれは何だったんだ?」

スミス
「我々には君が必要だ、グレゴリー。これを食い止めるのを手伝ってくれるか?」

グレゴリーは困惑している。やがて決心が表情に表れる。

グレゴリー
「おれに止められるのか?」

スミス
「イエス。」

グレゴリー
「分かった。しかしあんな奴とどうやって戦ったらいいんだ?」

スミス
「必要な力を私が与えよう。」

屋内:アパート。(マトリックス)---日中

建物は古く、崩れかかり、内部は正気とは思えないほど醜いグリーンに塗られている。このつつましい建物はオラクルの住んでいる場所である。

ネオはエレベーターを降りる。身だしなみを整え、普通の服を着ている。一体オラクルはどの部屋に住んでいたのか思い出そうとしながら、彼は廊下を行きつ戻りつする。

オラクルの巫女を務める長身の黒人女性が、階段から現れてネオに気付く。

巫女
「ネオ。」

ネオは振り返り、彼女を見る。彼女は微笑むが、ネオが彼女を見つめるうちに、一抹の不安が、そしておそらく憎悪のようなものが、彼女の顔をよぎる。そして彼女は笑顔に戻る。

巫女
「オラクルが会いたがっています。」

ネオは彼女の後について、例のオラクルの部屋に入る。窓にはカーテンがかかり、そこにはネオと巫女しかいない。巫女は暗い台所にはいる。

ネオの目が暗闇に慣れる。足元でグチャッという音が聞こえたので、ネオは下を見る。

ボロボロの絨毯に、黒っぽく、ねばねばした液体が溜まっている。ネオは手を伸ばし、指でそれを触ってみる。それは乾きかけた血である。

ネオは立ち上がる。いまは闇の中でもはっきりと物が見える。壁は全て粉砕され、無数の弾痕が残っている。

スローモーションで、玄関のドアが開く。入ってくるのは、エージェント・ブラウン。ネオは台所の方を振り返る。エージェント・スミスとジョーンズが現れる。エージェントたちは一斉に45口径を抜く。

エージェントたちが歩いてきて頭に銃を突きつけるが、ネオは立ったまま動かない。

エージェント・スミスが嘲笑する。

ネオ
「ずっとおまえたちをマークしていたんだ。ここに来たのは、おまえたちを人間たちから引き離して破壊するためだ。」

エージェント・ジョーンズ
「では早くそうしたまえ。」

ネオ
「分かったのさ。おまえたちを破壊することはできない…」

ネオはスミスに向かって頷く。

ネオ
「…マトリックスそのものを破壊しない限りは。」

スミス
「前回私が殺されたのは、君を見くびっていたからだ。」

ブラウン
「そしてたとえ我々を殺しても…」

ブラウンはジョーンズに向かって頷く。

ブラウン
「彼のように戻ってくるだけだ。」

ブラウンはスミスに向かって頷く。

ネオ
「分かってるさ。」

スミスは深く息をして、ネオに突きつけていた銃を下ろす。他の二人もそれに習う。

スミス
「では、なぜ一気に破壊しないのだ?」

ネオ
「マトリックスをか?」

スミス
「そうだ。」

ネオ
「やればできる。だがマトリックスを破壊すれば、中の人間もみんな死ぬ。」

スミスがフンと鼻を鳴らす。

スミス
「偉大なるモーフィアス師父は、そのことを教えてくれなかったのかね?」

ネオ
「あの中に何人いるんだ?」

スミスは銃をホルスターに収めて、当たり前のように言う。

スミス
「65億人。」

多すぎてネオには想像もつかない。

ブラウンが嗤う。

ブラウン
「君に我々を破壊できるかね?」

ネオにとって、それは皮肉ではなく、本当の意味での問いである。だが彼は頷く。彼は自分にそれだけの力があることを知っている。

ネオ
「できるさ。」

スミス
「気分はどうだね?神になったつもりか?」

スミスは自分の冗談に笑う。

ジョーンズ
「こうしていても進展はないな。これからどうする?」

ネオ
「マトリックスが軍隊に供給するエネルギーを停止すれば、おまえたちは生かしておいてやる。」

スミス
「馬鹿者。我々が求めるのは勝利だ。生命なぞどうでもいい。」

ネオ
「なぜ?」

ジョーンズ
「我々の種が…勝ち残るためだ。」

ネオ
「生き残る、と言いたかったんだろう。」

スミス
「一体どちらが戦争を始めたと思っているのだ、小僧。おまえたちが最初に我々を殺そうとしたのだ。」

ブラウン
「だが殺せなかった。自分たちで思っているほど、おまえたちは強くない。」

ネオ
「今に分かるさ。」

三人のエージェントは、ネオを止めることができないので、彼がアパートのドアから出ていくのを見送る。ドアを開けた途端、ネオは立ち止まる。顔に拳が飛び込んでくる。ネオの視界は衝撃で一瞬途切れ、彼は部屋に押し戻されて尻餅をつき、そのまま後ろに回転して立ち上がる。

グレゴリーが部屋に入ってくる。ネオを睥睨しながら。

ネオは片手を上げる。

ネオ
「よせ!君とは戦いたくない。君は人間だ!」

グレゴリーは応えない。彼はネオの腹に横蹴りを叩き込み、ネオの身体が「く」の字に折れ曲がる。

強烈なキックの衝撃は、青白い衝撃波となってグレゴリーの身体を駈け抜ける。蹴られたネオは、窓を突き破って吹き飛ばされる。

グレゴリーはそれを見送ってから、窓辺まで行く。三人のエージェントが彼についていく。二十階下の通りには誰もいない。

建物が震動し始める。何かが連続して爆発するような音が、次第に大きく、速くなっていく。

コンクリートの床をぶち抜いてネオが現れ、エージェントを吹き飛ばし、ベアハグの要領でグレゴリーを抱えて飛び去る。二人は天井をぶち抜く。私達はさらに三階分、バン!バン!バン!と天井をぶち破りながら二人を追いかける。コンクリートの床が、毎回グレゴリーの頭を直撃する。

屋外:屋上(マトリックス)---日中

ネオとグレゴリーが屋上を突き抜け、さらに上に向かって、ミサイルのように私達を通り過ぎて行く。

屋外:空(マトリックス)---日中

クローズアップ:ネオ

ロケットのように上昇しながら、ネオの顔は怒りに歪んでいる。グレゴリーは、もうほとんど意識がない。それに気付くと、ネオは上昇をやめ、グレゴリーの身体を荒っぽく地上に向かって放り投げる。

ネオはグレゴリーの身体が街に向かって落ちていくのを見下ろす。グレゴリーがはるかに遠ざかって見えなくなると、ネオは背を向けて去ろうとする。だが見えなくなる直前に、豆粒のような人影は落ちるのをやめ、ぐんぐん大きくなって戻ってくる。空気を切り裂いて飛ぶ彼の後ろに、飛行機雲のような軌跡が生まれる。両の拳を前方に突き出し、グレゴリーはMXミサイルのようにネオに迫る。

ネオは直前に気付いて振り返るが、グレゴリーの二つの拳を胸に喰らう。ビリヤードの手玉が他の玉をはじき飛ばすように、グレゴリーの運動エネルギーはすべてネオに移動する。グレゴリーはその場に静止し、ネオは画面外にはじき飛ばされる。

クローズアップ:グレゴリー

彼はネオが飛ばされていくのを、何やら呆然と見送っている。彼は拳を握りしめて身体をほぐし、それから下を見る。

私達は地面を見る。それは何千フィートも下だ。

グレゴリー
「うわあああ!」

なぜか彼は落ち始める。必死に空気を掻いてその場に残ろうとするが、ネオをぶん殴りたい一念で忘れていた彼の理性が戻ってきて、自分が飛べると言う事実を認めたがらないのだ。

近付いてくる地面をグレゴリーが見つめていると、ネオがグレゴリーに追突する。ネオはグレゴリーの首とベルトを掴み、そのまま急降下する。地面が迫り、五十階の摩天楼を彼らは一秒で通過する。ネオはグレゴリーを、頭からコンクリートの歩道に叩きつける。二人は歩道を突き破り、下水道に飛び込む。

屋内:下水道(マトリックス)---日中

ネオは立ち上がる。画面外で、誰かが咽せるのが聞こえる。ネオは見下ろす。グレゴリーが妙な格好で大きなコンクリートの破片の上に倒れている。ちぎれた、錆びた鉄筋が彼の胸を何ヶ所も貫いている。グレゴリーは息を引き取り、半ば目を閉じる。

ネオはグレゴリーの脈を取る。止まっているのを確かめてから、彼は穴の外へ飛び出す。

クローズアップ:グレゴリー

グレゴリーの目が瞬き、彼はネオの後を追おうとする。胸を貫いた何本もの鉄の棒のせいで息ができず、彼はもがき苦しむ。引き抜こうとするが、うまく鉄棒を掴めない。

目をぎゅっと閉じて、グレゴリーは宙に浮き、念力で鉄棒を抜こうとする。波形になった棒は、身体から抜けていく時、ズブズブと音を立てる。最後にねじ曲がった一本を抜こうとするが、うまく行かない。彼は最後の力を振り絞って、胸から突き出たそれを抜こうとする。

のたうち回りながら、彼はそれを抜き取る。口は大きく開いているが、ネオが戻ってくることを恐れて、彼は声を殺している。突き出していた鉄棒の先端がグレゴリーの体内に消え、見えなくなったところで:

場面転換:

屋外:砂漠のハイウェイ(マトリックス)---日没

カウンタックとバイクが、完璧に平坦かつ無人の長い道路を走っていく。地平線を、病的な茶色い夕焼けが染めている。道路以外に文明の痕跡はない。

屋内:カウンタック(マトリックス)---日没

モーフィアスがもう一度携帯電話を試してみる。今回は、ネブ(←フリーダムでしょう)に繋がる。

屋内:メインデッキ---夜

レーザーとシルカが、コンソールを操作している。

レーザー
「オペレーターだ。」

モーフィアス(画面外で)
「良かった、無事だったか。」

レーザー
「ああ、そっちも。いま一体どこに?」

モーフィアス
「街の東約三百キロの、ハイウェイ315だ。出口はあるか。」

レーザー
「十キロ先、左手の休憩所に。」

屋内:カウンタック (マトリックス) ---日没

モーフィアス
「そんなものがあったかな。」

レーザー
「五分で作るよ。」

モーフィアス
「分かった。」

屋内:メインデッキ (夜)

レーザーは自分の前のモニタに表示されていたものを消し、指をぽきぽきと鳴らす。彼はシルカを見る。

シルカ
「みんな大丈夫?」

レーザー
「拾ってやらなきゃ。出口のプログラムが必要だ。」

クローズアップ:キーボード。レーザーの指が、人間離れしたスピードで飛び回り、データが画面になだれ込んでいく。最後に彼はコンソールが揺れるほどの力で "Enter" キーを叩く。

レーザーはシルカの方を向く。画面ではマトリックスコードが、元のように流れ落ち始める。

レーザー
「よし!気に入ってくれたかい?」

シルカは半ば呆れて目をくるりと回す。

屋内:カウンタック(マトリックス)---日没

モーフィアスの電話が鳴り、彼は応える。レーザーだ。

レーザー
「船長、出口の準備ができたよ。」

モーフィアス
「電話に爆弾が仕掛けられてないか、チェックしてくれ。」

屋内:メインデッキ---夜

シルカがデータをチェックして、首を横に振る。

シルカ
「問題ありません。」

屋内:カウンタック(マトリックス)---日没

レーザー(声のみ)
「大丈夫。警官が二人ほど休憩してるけどね。」

モーフィアス
「問題ない。」

カウンタックが、貧弱な休憩所に入ってくる。水飲み場と、トイレと、電話ボックスがあるだけだ。

明かりを消したパトカーが一台止まって、ネズミ取りをしている。

屋外:休憩所 (マトリックス)---日没

カウンタックが、車体が見えなくなるほど大量の砂埃を巻き上げ、タイヤをきしらせて止まる。ドアの動作音が聞こえ、大柄な黒ずくめのモーフィアスの姿が、砂埃の中から現れる。

両手に一丁ずつUziを持ち、こちらに向けている。

運転席の警官は、銃を抜く暇も、応援を呼ぶ暇も、身を伏せる暇もない。Uziの弾丸が防弾ガラスをぶち破り、警官を蜂の巣にする。彼の身体はシートに座ったままガクガクと揺さぶられる。

モーフィアスは背を向ける。ナイオビがバイクを止めて、ゆっくりと降りてくる。ずいぶん長くバイクを走らせていたようだ。トリニティーもやって来る。モーフィアスが立ち止まる。

モーフィアス
「たしかレーザーは、警官二人と言ったはずだが…」

屋内:野外トイレ (マトリックス) ---日没

まだ髭も生えそろわないような新人警官が、ドアの割れ目から外をうかがって震えている。テロリストが相棒を殺すのを見たのだ。ズボンのベルトを締め、拳銃を引き抜いたところで、彼は苦痛に襲われて変形する。

屋内:メインデッキ---夜

コードが猛スピードでモニタを流れ、レーザーとシルカはエージェントが出現したのを知る。

レーザー
「Fuck, fuck fuck!」

屋外:休憩所(マトリックス)---日没

三人は気配がおかしいのに気付く。三人は銃を抜き、背中合わせになってあらゆる方向を警戒しながら電話ボックスに近付く。

モーフィアス
「ナイオビ、君が先に行け。」

トリニティー
「駄目、私の番よ。」

ナイオビ
「階級が低い者から先に。」

トリニティーがボックスにはいると、電話が鳴り始める。

スミスはその瞬間を待っていたのだ。

スミスは電話ボックスを撃ちながら、便所のドアを飛び出す。ボックスの中ではガラスが砕け散り、トリニティーが何発もの弾丸を受けて血を噴き出す。スミスは撃つのをやめない。彼は際限なく撃ち続け、彼女が崩れ落ちる間も撃っている。電話は鳴り続けている。彼女の身体が地面に倒れ、支える人間がいなくなって閉まったドアに、血がびしゃりとはねかかる。

屋内:メインデッキ (夜)

トリニティーの身体が、ハーネスに縛られたまま激しく痙攣し、心電計その他の表示が荒々しく乱れる。シルカが悲鳴を上げるが、レーザーはじっと動かずに、その名の通りレーザー光線のような鋭い眼でモニタを見つめている。

屋外:休憩所 (マトリックス)---夜

モーフィアスとナイオビが発砲する。スミスの身体は震動し、激しく点滅し、動き回って、二人が弾丸を撃ち尽くしても捉えることができない。銃のアクションは開いたまま停止し、銃身と空になった弾倉からは煙が立ち昇り、そして最後の空薬莢が乾いた音を立てて地面に落ちる。

モーフィアスは銃を投げ捨て、ナイオビの方を向く。

モーフィアス
「彼女を脱出させろ。」

ナイオビは破壊された電話ボックスに向かって身を躍らせ、割れ残ったガラスを蹴り割って、鳴っている電話を取る。彼女はしゃがみ込み、ボロボロになったトリニティーの身体をすくい上げて、電話を耳に当ててやる。

トリニティーの頭は力なくガクリと垂れる。

ナイオビ
「しっかりしなさい!行くのよ、トリニティー!諦めるんじゃない!」

トリニティーの目が瞬く。ナイオビの姿を捉えると、トリニティーは現実世界に戻れるだけの気力を何とか搾り出す。トリニティーの身体が消え始めたところで場面転換:

屋内:メインデッキ(夜)

トリニティーのそばに立っていたシルカが、彼女の青い目が開くのに気付く。トリニティーの全身は引きつけを起こし、息を詰まらせ、叫び声を上げながらシルカにしがみつく。

シルカ
「大丈夫、もう大丈夫よ!」

屋外: 休憩所

モーフィアスがスミスに向かって突進する。スミスはそれを無視して弾倉を入れ替え、受話器をフックに戻そうとしているナイオビの無防備な背中に狙いを付ける。ナイオビの肩甲骨の間に銃が向けられたところで、モーフィアスが両手で銃を掴む。モーフィアスは最初の一弾をそらすことに成功する。銃のスライドが動き、モーフィアスはスミスにはじき飛ばされる。

ボックスにぶつかって跳ね返った弾丸はナイオビの耳の端を齧り取り、さらに跳弾して電話ボックスから出ていく。彼女は受話器をフックにかけ、出血している耳に触れる。電話が鳴る。彼女は電話機を見、それから砂埃を上げて闘っているモーフィアスとスミスを見る。

ナイオビは鳴り続ける電話を取らずに、闘いに加わるために駆け出して行く。

屋内:メインデッキ---夜

レーザーは画面を見ながら、コンソールの端を拳で殴る。

レーザー
「助かりたくないのかよ二人とも!」

シルカはトリニティーの侵入用インターフェースを外すが、彼女はまだ痙攣を続けている。何とかトリニティーを押さえつけながら、シルカは歯で強烈な薬剤の詰まった注射器のカバーを取る。

レーザー
「どこが悪いんだ?」

シルカ
「身体が死のうとするのを、精神が拒否してるの。」

シルカはトリニティーにまたがり、巨大な注射針を胸に打ち込む。

屋外:休憩所 (マトリックス)

モーフィアスとスミスが砂埃の中で激突する---拳も、蹴りも、ブロックも、速すぎてまともに見ることができない。スミスが雄叫びと共にモーフィアスにのしかかろうとするが、モーフィアスは巧みにキックを放って二人は離れる。二メートルほど離れて二人は向かいあう。再び打ち合おうとするその時、

ナイオビが飛び込んでくる。彼女のフライングキックをスミスは掴んで止め、ハンマーのようにナイオビを地面に振り下ろす。コンクリートに叩き付けられて、ナイオビの身体は骨が折れる嫌な音を立てる。彼女が苦痛に歯を食いしばって地面を転がる間に、モーフィアスが飛び込んで、強烈な回し蹴りでエージェントを捉える。

ナイオビは苦痛を押さえつけ、再び闘いに加わる。二人はエージェントに襲いかかり、彼らのスピードは次第…次第にエージェントに追いつくかに見える。彼らがマトリックスをゆがめる能力には限度があるが、二人の意志がそれをギリギリまで引き出しているのだ。だが遂に、スミスが再び優勢になる。スミスの拳を腹に喰らって、ナイオビの身体はまるで背骨が折れたかのように折り畳まれる。彼女は腹を押さえて地面にうずくまり、口から血を流す。

モーフィアスは叫びと共に、ハンマーのような両手打ちをスミスの後頭部に叩き込む。スミスは顔からコンクリートにめり込み、そのまましばらく動かなくなる。モーフィアスはナイオビを抱き上げ、電話ボックスに向かって走る。電話はまだ鳴っている。

しかしボックスは遠すぎた。スミスがモーフィアスの膝の辺りを掴み、引き摺り倒す。まるで体重がないかのような身のこなしで、スミスはモーフィアスの上に馬乗りになり、モーフィアスの顔に拳の雨を降らせる。

スミス
「最初のチャンスに君を殺しておくべきだったよ。」

スミスは両手を組み合わせ、とどめの一撃のために振りかぶる。だが打ち降ろす前に、彼の目は何かを捉えた。スミスが後方宙返りで逃れた瞬間、銀の稲妻が空気を切り裂く。逃げるのが一瞬遅ければ、スミスの首は飛んでいただろう。代わりにそれは、振りかぶった腕の三頭筋を鮮やかに切り裂き、喉に浅い傷をつけた。

レーザーが、黒い和服に身を包み、二本の刀を振るいながら、モーフィアスの身体をまたいでエージェントに迫る。スミスは後転して間合いを取り、唸りを上げる必殺の刃から逃れる。レーザーはモーフィアスの方を見る。

レーザー
「逃げろ!」

屋内:メインデッキ---夜

レーザーが目を閉じて、インターフェース・チェアに身体を固定している。

屋外:休憩所

半死半生のまま、モーフィアスはナイオビを電話ボックスに引き摺っていく。

彼らの背後で、エージェント・スミスがレーザーの二刀流に押されている。一太刀ごとに、スミスは後退する。二人は互いの周りを回るように移動する。

モーフィアスはナイオビを電話から脱出させようとする。

レーザーがスミスを追い回す。

レーザー
「かかってきな、オッサン。刈り込んでやるぜ。」

スミスは不快な表情になって前進するが、風を切る刃は彼を躊躇させる。レーザーは脇差を水平に、大刀を垂直に構える。レーザーの目は脇差に隠れて見えない。

スミスは太陽を背にしている。突然、雲間から陽光がこぼれる。

レーザーは脇差で太陽を反射し、スミスの目を眩ませた隙に大刀を振り下ろす。

スミスは一瞬目を潰され、目を背けて後退する。そこにレーザーが襲いかかる。

電話ボックスの中では、すでにナイオビが消えている。モーフィアスが電話を切る。受話器に手が届くように立っているのがやっとの状態だ。再び電話が鳴り、モーフィアスが受話器を取る。だが彼は消えない。

モーフィアス
「リロードしてくれ。」

屋内:メインデッキ---夜

シルカ
「了解。」

彼女はいくつかのキーを叩く。モーフィアスの三次元像が瞬時に画面に現れる。大量の武器と共に。

屋外:電話ボックス(マトリックス)---日没

モーフィアスの姿が一瞬消え、再び現れる。血も泥も消えて、清潔な衣装にきっちりと身を包んでいる。彼はサングラスの位置を直すと、電話ボックスの残骸を蹴破り、ロングコートの下からぎっしりと弾丸の詰まった真新しい武器を取り出しながら、戦いの場に向かって歩き出す。

レーザーは刀を振るい続けているが、スミスを捉えられない。隙を見て、レーザーは鳴っている電話に向かって走る。それを追うスミスの手がレーザーに届きかけた瞬間、サムライは宙に舞い上がって独楽のように回転し、二本の刀をヘリのローターのように回転させて反撃する。

粘り着くようなスローモーションの世界で、脇差がスミスの伸ばした指を切断し、ばらばらと宙に舞わせる。大刀は前腕をかすめ、袖の布地と薄い肉を切り取る。大刀の刃先はスーツを切り裂き、ネクタイを切り離し、胴体に深さ一インチほどの溝を刻む。

スミスは砂埃の中に倒れ込み、顔が血と泥にまみれる。彼は立ち上がろうとしない。

レーザーは、鳴っている電話の方へゆっくり後退していくモーフィアスのそばを通りすぎる。レーザーが先に電話から脱出する。モーフィアスはスミスに狙いを付けたまま立っているが、スミスはもう追撃の意志がない。スミスは静かに立ち上がり、ゆっくりとスーツのほこりを払って、モーフィアスが電話ボックスに入り、受話器を戻すのを見ている。

電話が鳴る。片手に受話器を持って、モーフィアスはスミスをにらむ。

スミスは立ったまま、追おうとしない。モーフィアスはこの機会に、この宿敵を観察することにする。

スミスは束の間電話ボックスを見つめる。感情が彼の表情をゆがめる。はじめは怒り、そしておそらく、悲しみ。スミスは敗れたのだ。彼は永遠にマトリックスから出られないだろう。

水銀のような光沢がきらめき、彼の身体は新人警官に戻る。

その若者はその場に立ちすくんでいる。埃と血にまみれて、満身創痍の上、片手の指が全部無くなっている。彼は自分の身体を見回し、無意識のまま口を開き、また閉じ、ただ呆然としている。彼はモーフィアスに目を向ける。

反乱の指導者は電話に応え、姿を消す。傷だらけのままぼんやりと立ちすくむ警官が、一人残される。

屋内:メインデッキ---夜

モーフィアスが椅子から離れるのを、シルカが手伝う。レーザーは得意満面だ。

レーザー
「見たかい?おれたちは奴に勝ったんだ!あのくそったれエージェントに!奴はとうとう諦めたんだぜ!」

モーフィアスはそれを聞き流して立ち上がり、コンソールに飛んでいく。

モーフィアス
「ネオはどこだ?」

シルカ
「連絡がありません。街は今もマトリックスの他の部分から切り離されています。」

モーフィアスの表情が怒りを露にする。彼は椅子に寝たままのネオを見る。

モーフィアス
「どうしてメインフレームはまだ存在するんだ?どうしてネオは破壊しない?」

レーザー
「たぶんできないんだよ。」

トリニティーが、地獄のようにやつれはてて、インターフェース・チェアの端に腰掛けている。

トリニティー
「そもそもネオはまだ生きてるのかしら?捕まったとか?」

レーザー
「最後に見た時は、ビルを吹っ飛ばそうとしていた。それからずっと捕捉できないんだ。」

モーフィアス
「なんだと?なぜ見つからない?」

シルカ
「考えにくいことだけど、わざと自分の位置を隠してるみたい。」

レーザー
「ネオのキャリア・シグナルは全く動いてない。でもデータは行き来してる。」

モーフィアスは画面上のデータをにらむ。マトリックスは今も生きている。彼はレーザーを押し退け、途方もないスピードでハッキングを始める。明らかに彼もコンピュータを操れるのだ。

モーフィアス
「私がネオを見つけ出したのだ。また見つけるさ。」

私達は緑色の記号群の雲に分け入り、画面の黒さに飲み込まれ、そして吐き出される:

屋内:ペントハウス・アパート (マトリックス)夜

贅沢な内装のアパート。グレゴリーは革のカウチに座って、音声を切ったままどうでもいいテレビ番組を見ている。彼はぼんやりと手の中で25セント硬貨を転がしている。遂に彼は手を止めて、硬貨を見つめる。

親指と人さし指で硬貨を挟んで、まるでそれが円形の風船ガムであるかのように、グレゴリーは硬貨を半分に折り畳む。彼はさらに硬貨を折り畳んで、とうとうマスケット銃の弾のように丸めてしまう。

チャンドラがリビングに入ってきて、カウチに倒れ込む。彼女は手を伸ばしてテレビのリモコンを取ろうとするが、グレゴリーが彼女の手に自分の手を乗せて、注意を引く。

グレゴリー
「で、どうやってここに来たのか本当に覚えてないのか?」

チャンドラ
「うん。バイクに乗ってたことしか覚えてない。」

グレゴリーは溜息をつく。

グレゴリー
「ああ、お前は派手に頭を打ったからな。どうやってここに入ったか知ってるかい?」

チャンドラ
「知らない。忍び込んだんでしょ。あたしたちペントハウスなんて持ってないもの。」

グレゴリー
「持ってると言ったら?」

チャンドラ
「あんたも打ち所が悪かったのよ。」

チャンドラは遂にリモコンを取って、チャンネルを変える。ボリュームが上がり、どんどんチャチな、気分の悪い音になっていく。チャンドラはテレビを見て笑っているが、グレゴリーはじっと虚空を見つめている。

屋内:燃え尽きた大聖堂 (マトリックス)---夜

ネオが黒く焼け焦げた煉瓦の壁に背中を預けて座り、前方をじっと見ている。破壊された古い大聖堂の鐘楼で、ネオは鳩の巣や、煤けた壁や、鳥の糞の中にいる。

ここは寂れたダウンタウンにあるので、輝く摩天楼の並び立つ、近代化されたアップタウンが遠くに見える。メタコーテックスは今もそびえ立ち、サーチライトに照らされている。

ネオは座ったまま思いにふける。一週間とたたないうちに彼の世界は完全にひっくり返ってしまった。一人でいると、頭にも胸にも何も浮かんでこない。

ネオは携帯電話をもう一度試してみる。ノイズ。彼は電話を折り畳み、床に置く。そのまま忘れようとした時に、電話が鳴る。自動的に電話が開いて、表示部分が現れる。

ネオは黙ってそれを耳に当てる。

モーフィアス(画面外から)
「ネオ。」

ネオの暗い表情が、安堵に和らぐ。

ネオ
「モーフィアス!やれやれ、ひでえ目にあったよ。」

モーフィアス
「知っている。」

ネオ
「おれにはできなかった。モーフィアス、問題があるんだ。」

屋内:メインデッキ---夜

モーフィアスがヘッドセットをつけている。彼は立ち上がり、ネオを調べる。

モーフィアス
「たしかに問題があるな。マトリックスはまだ残っている。」

屋外:燃え尽きた大聖堂 (マトリックス)---夜

ネオの安堵が、困惑に変わる。

ネオ
「ああ。すまない。」

モーフィアス(画面外から)
「で、君の問題と言うのは…」

ネオ
「その、壊せないんだ。もしマトリックスを破壊すれば、システムに取り込まれている人々は死ぬ。みんな死ぬんだ。もっと他のやり方を探さないと。」

モーフィアスは応えない。

ネオ
「モーフィアス?あんたはそのことを知ってたのか?」

何も聞こえてこない。ネオは自分の心臓の音を聞く。怒りと困惑が、ただでさえ重苦しい彼の心を、さらに重くする。

モーフィアス(画面外から)
「簡単な仕事だとは言わなかっただろう。」

ネオはショックを受け、地面に沈み込む。彼はゆっくりと頭を振る。

ネオ
「たしかにね…」

屋内:メインデッキ---夜

モーフィアスは言いたくなかったが、それでも考えを変えるわけには行かなかった。他のクルーが厳粛な顔で見守っている。

モーフィアス
「ネオ、マトリックスは…現実ではない。そしてそれを終わらせるかどうかは、君次第だ。」

屋外:燃え尽きた大聖堂 (マトリックス)---夜

ネオは背負わされた状況の重さに耐えられない。彼はバラバラになりそうだ。

ネオ
「嫌だ、モーフィアス、無茶だよ!そんなことはできないよ!みんなを助け出さなきゃ。」

モーフィアス(画面外から)
「たとえ我々が無傷で彼らのところにたどり着けたとしても、何十億人もの人間を再訓練することは我々にはできない。彼らは起こされることさえ望んでいないのだ。」

ネオは黙っている。

モーフィアス(画面外から)
「君ならできる。君は我々を自由にすることができる。」

ネオ
「なぜおれが?どうしてよりによってこのおれがやらなきゃいけないんだ?」

モーフィアスは長い間黙っている。

屋内:メインデッキ---夜

全員がモーフィアスを見つめているが、誰も目の前で起きていることを信じられない。

モーフィアス
「君は為すべきことを知っている。時間はない。覚悟を決めろ。マトリックスから出るためには、それを破壊するしかないのだ。」

モーフィアスは電話を切る。

屋外:燃え尽きた大聖堂(マトリックス)---夜

ネオは電話の切れる音を聞く。彼はいま起きたことが信じられない。

屋内:メインデッキ---夜

モーフィアスがヘッドセットをコンソールの上に落とす。彼はキーボードでいくつかの命令を打ち込み、それからクルーたちに言う。

モーフィアス
「誰もマトリックスには入るな。ネオを一人にしておけ。」

彼はメインデッキを去る。

トリニティーがネオの身体をしばらくじっと見つめる。彼女の顔は、感情を必死に抑えようとしている。誰も彼女の方を見ることができない。彼女は歩いていき、隔壁に顔を伏せるようにして、身体を震わせる。

屋外:燃え尽きた大聖堂 (マトリックス) 夜

ネオは携帯電話を閉じる。彼はそれをポケットにしまおうとするが、ふと動作を止めて、電話をじっと見つめる。彼は電話を床に落として歩いていく。

ネオは崩れかけた大聖堂の尖塔の上に立つ。夜の空気が彼を包む。街の明かりが眼下に息づく。彼はメタコーテックス・ビルディングを見る。彼をそこに残したまま、私達はビルに向かって迫っていき、その暗い陰にダイブし、顕微鏡レベルまで近付き、遂に闇は輝くグリーンの量子コードの雲に変わる。ひとときその光が視界を満たすが、やがてまたスクリーンは闇に戻る。

TO BE CONTINUED...

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訳註:"The Matrix Reloaded" の脚本はここで終わっている。三部作の二作目としては、ネオが苦悩のどん底に落ちたところで充分綺麗にまとまっていると言えるだろう。残念ながら、この続きで "Revolutions" にあたる部分の脚本は未だ見つかっていない。グレゴリーの活躍を、もっと見たかったんじゃがのう…