「フリップ・モード」


初放映:2001年10月14日
ゲスト・スター:バスタ・ライムズ

(漆黒の画面。ゆっくりと、微かに反復されるソナー音。字幕「北大西洋某所の海中」。照明を落としたいつものスタジオに画面が切り替わると、大窓から宇宙を眺めているスペースゴーストの後ろ姿。)

スペースゴースト:モルター、現在の深度は?
モルター:(本を読みながら)二万リーグ。
ス:二万一千まで沈降せよ。
モ:二万一千?!しかし、なぜ?
ス:その方がステキだからだ。

(誰かが外から金属のドアをノックする音)

ス:応答するな。あれは悪のドクター・リーフだ。
ゾ:俺が出る。
ス:やめろ。今ドアを開けたら我々は溺れ死ぬぞ。
ゾ:へえ、そうかい。上等じゃねえか。

(ゾラックが自席の後ろの大きな赤いボタンを押すと、スタジオから外に通じる金属のドアが開く。ちらりと見える荒れ果てた地平線で、ここがいつもの小惑星上の放送局であることが分かる。小さな無人のフォークリフトが材木を積んで入ってきて、スペースゴーストのデスクの前に荷物を降ろして出ていく。)

(長い沈黙。ごおおおおおおおおお…と低い宇宙の音。)

(そして唐突に、パニック状態を表す音楽!狂ったように音程を滑らせ、駆け回るトランペット。)

ス:いかん!これは木製のウナギだ!緊急浮上!緊急浮上!
(赤い非常灯のともる調整室で、モルターがレバーを動かす。)
ス:急げ!いや待て、これは速すぎる!(斜めに傾いだスタジオの床を滑る材木の束)減速しろ!
モ:(レバーを反対に動かす。モニタ上にニコニコマークが現れる)
ス:いかん、私はブラック・アウトする!(大仰なエコーで叫びながら白黒の影になって激しく明滅するスペースゴーストの表情アップ。画面暗転。宇宙空間へ。)

(明るく照明された、いつものスタジオ。材木の束のそばで、ゾラックが目を閉じて床に倒れている。)

ス:ゾラックが死んでる!殺されたんだ!(再びパニックの音楽)モルター、前菜を持ってこい!
ゾ:アイアイ、キャプテン!コールスロー、出ます。
ス:いま我々にできるのは食べることだけだ。では第一の容疑者を連れてこい。

(バスタ・ライムズがモニタに現れる)

バ:サンキュー、スペースゴースト殿。
ス:バスタ、ゾラックの頭蓋が粉砕された。凶器はおそらく…(自分が持っていたパイプレンチを見て)…レンチだ。
ゾ:(目を覚まして)くだらねえ茶番だぜまったく。
ス:(席から飛び上がってゾラックを踏みつぶす)最後に凶器を持っていたのは私だ。場所はベランダ。私はガス管を緩めていたのだ。
バ:なるほどな、スペースゴースト。(意味ありげに笑う)
ス:ふっふっふ…(腹黒そうに笑う)
バ:へっへっへっへ…(執拗に笑う)
ス:ふっふっふっふ…ふはーっはっはっはっ!(典型的悪役笑い)…ひょっとして浮上が速すぎたせいかも知れんな?
ゾ:(立ち上がり、手に台本を持って)かーっ、やってられっか!俺はもう付き合わねえからな。かったりいぜ。
ス:何をやめるというんだ?
ゾ:これだ!この潜水艦がどうとかいう設定。だいたいここは海の中じゃねえだろ。最初っからつまんねえアイディアだと思ってたぜ。
バ:おいあんた、そんなこと言ってると後頭部にジャッキー・チェン式のチョップを喰らうぜ。
ス:うむ、ちょっとした処置が必要だな。(マントの中に手を入れて例のレンチを取り出す)
ゾ:何をするんだ?
ス:私が!(レンチでゾラックの頭を殴る)法律だと!(また殴る)言ってるだろう!(また殴る。殴られるたびにゾラックは呻き声をあげる)
バ:バキッ!
ス:(倒れたゾラックを見て)おおいやだ、暴力はいかんな。きっと…海が全部いけないんだ。
バ:あんたがいつも腕につけてるようなレーザーベルト、俺にもくれない?
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ス:何故?
バ:俺が使うから。
ス:なんのために?
バ:あんたを撃つ。
ス:分かった。
バ:くれ。
ス:やるとも。
バ:だから今。
ス:いいとも。

(モルターがコールスローのボウルを持ってロボットアニメのごとき足音とともにスタジオに入ってくる)

モ:これはどこに置けば…(スペースゴーストがボウルを床に叩き落とす。ガラスの割れる音。)…キャプテン?
ス:我々は静音航行中だ。
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モ:ごはははは、なるほど。
ス:(怒鳴る)モルター!静音航行中だと言ってるんだ!どういう意味か分かってるのか?
モ:あー、おかわりでも欲しいのか?
ス:(ひそひそ声で)静かに。
モ:はいはい。
バ:だから早くレーザーをくれよ。
ス:何の話だ?モルター、例のウナギで火を起こせ。
モ:アイアイ、キャプテン。
ス:だが静かにな。我々は潜航中だ。
モ:いや、もう浮上した。
ス:死ぬまでサラダを作りたいのか!
モ:あんたが浮上しろと言ったから…浮上したんで。
ス:(取り調べ中の刑事のように歩き回りながら)さあ、材木よ、ウナギに変装してゾラックをレンチで殴ったのか、殴ってないのか?答えろ!(モルターが豆料理のボウルを持って入ってくる)さあ、この豆はどう説明する?
モ:俺の髪から落ちたんだろう。
ス:(黙ってモルターを睨む)
モ:こんな(検閲音)みたいな茶番を仕組んだのは全部あんただろう。
ス:(まだ睨んでいる)
モ:あんたじゃなくてもこんな(検閲音)みたいな茶番は思いつくさ。
ス:(まだ睨んでいる)
モ:(溜息)あの豆はディナーの一部だったんだよ。
ス:いや違うな。豆は陰謀の一部だ。
モ:メニューにも載ってたし。
ス:(とっておきの低い声で、ゆっくりと)メニューに載ってるのは殺人だよ。(元の口調で)見ろ、レンチの上に豆の跡が残っている。しかしレンチはなんのために必要だったのかな?
モ:あそこであんたはガス漏れを直そうとしていた…でもガス漏れを起こさせたのもあんただ。
ス:そうか、あそこで私はこれを全部思いついたのか。われながら素晴らしいアイディアだ!よし!艦内のガス管を全部壊したらもっといい考えが湧くぞ!

(スペースゴーストはさらに三本のパイプをレンチで破壊する。「艦内」にガスの匂いが充満する)

ス:潜航!潜航!パイプからガスを吸え!(汽笛の音)
バ:スペースゴーストは絶対一発キメてるな。

(スペースゴースト、壊れたガス管の中に頭を突っ込む。スペースゴーストおよび他の全員の声が、ヘリウムを吸ったように甲高くなる。)

ス:ふんばれ、バスタ!我々は沈降中だ。
バ:了解、スぺちゃん。(敬礼する)
ス:うむ。
バ:あんたホント一本キレてるよな。
ゾ:(ふらふらになりつつも立ち上がって)うううう…ああああ…何が起こったんだ?
バ:ちょいとしたおふざけさ。おいゾラック、後ろ。
(背後から忍び寄ったスペースゴースト、ゾラックをレンチで五回殴りつける。後半三回ほどは、打撃音とともに「恐竜の卵の殻が割れて中からネバネバしたものが染み出したような音」が聞こえる)

バ:2000年を過ぎたら、危ない遊びはやめるこったな。
(スペースゴースト、倒れているゾラックに近づいてさらに三回殴る)
ス:ほら、バラバラの破片を繋ぎあわせてやったぞ。(バスタ、笑う)ゾラックは本当は死んでなかったんだが、今度こそ死んだな。
バ:ゾラックも相当のキチガイだな。
ス:そして現れたのが君だ。
バ:ああ分かってるさ。あんたはなかなかクールで切れるから、俺達とつるんでれば、あの痙攣の意味も分かるさ。(ガシンガシンガシン!というロボットアニメのようなモルターの足音が近づいてくる)
モ:(スペースゴーストの机に飛び乗って)ようあんた、床を歩かないほうがいい。床は腐っちまってミルクみたいだ。
ス:(机に立っているモルターの脚の間から顔をのぞかせて)なんか凄く変だぞ、おい!(バスタ、ヒステリックに笑う)
ス:おい……おい…バスタ、バスタ。(なぜかモルターの股間から逆さまにスペースゴーストの顔がのぞいている。有り得ない角度。)
バ:なんだ?
ス:私がジャックの頭蓋骨の後ろを舐めたときのことを覚えているかい?
バ:ジャック?ジャックって誰だ?どこから出てきた?
ス:いや違ったゾラックだ。ゾラックを舐めたんだった。いやまて、ちがった、あれはブラックだったか。まあ誰でもいいか。

(Brak:猫型宇宙人。モルター・ゾラックなどと同じく、元祖『スペースゴースト』シリーズの悪役の一人で、元・宇宙海賊。事故で脳に損傷を受け、愛すべき幼稚さを獲得する。現在はこのトークショーからスピンアウトした別番組のファミリードラマ『ブラック・ショー』の主役で、スペースゴーストよりファンレターの数が多くなってしまっため、スーパーヒーローの嫉妬を一身に浴びている。)
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(モルターの背後からスペースゴーストの頭がもう一つ現れ、続いてもっとたくさん現れる)
スペースゴースト2号:おい、外へ出て森の中で続きをやろうぜ。
スペースゴースト1号(小型):分かった。(一人だけ先にたってトタタタと駆け出す)

(場面転換。森の中のキャンプファイアー。スペースゴーストは一人に戻っている)

バ:(いつになく真剣な顔で)俺は思うんだけど、去年の一連の出来事というのは、関係者だけじゃなくて、その、エンターテインメント業界全体に、深刻な傷跡を…
ス:(普通の低い声に戻っているが、バスタの話は全く聞いていない)ここじゃ何も思いつかんな。
バ:もし俺達が今始めなければ…
ス:ガスのあるところに戻ろう。(バスタ、苦笑)

(再びスタジオ。バスタはまだヒーヒー笑っている。スペースゴーストは深呼吸をする)

ス:立つんだ、ゾラック。(虫のように脚を畳んで硬化しているゾラックをポイとほうり投げる)ガスが効いてアイディアが湧いてきたぞ。(全員の声がまた甲高くなっている)私の言葉や行動はすべてカメラに収めておくんだ。ウォルトはこれに興味を持つと思うかね?
モ:ウォルト・ディズニーはもう死んだよ。
ス:誰がウォルト・ディズニーを殺したんだ!やっぱり凶器はレンチか?
モ:誰も殺してないって。
ス:ウォルト・ディズニーの名前を聞くだけで冷や汗が出るな。彼は我々を訴えるだろうか?
モ:ウォルト・ディズニーは死んだんだってば!
ス:知ってるさ!まったく、君はなんべん言ったら分かるんだ?そうだ、材木だ!(沈黙)我々はなにか作らねばならん。

(画面暗転。字幕「七時間後」。)

(再びスタジオが映し出される。二枚の板きれが逆V字型に釘で打ち付けられている。電気の延長コードがその上にテープで貼り付けられている。十分で仕上げたような、不細工な作り。)

モ:わお。これは何に使うんだ?
ス:象徴的なものさ、モルター。ものは必ずしも役に立つ必要はないんだ。さあ、コンセントにつなぐのを手伝ってくれ。
モ:あのさ、えーと、そろそろゾラックを生き返らせるとか、ゲストと話すとかしたほうがいいんじゃないのか?
ス:何だと?ウナギをここのままほうっておけって言うのか?それは狂気の沙汰だ。

(ゾラック、また勝手に息を吹き返す)

ス:いったいどうしたんだ?
ゾ:レンチで殴られたんだ。
ス:(再びレンチでゾラックを殴る)君を病院に連れていかねばな。

(レイブな背景にアングラ的シルエットで棒立ちするスペースゴーストとモルター。スペースゴーストは虫のように手足を曲げて硬直したゾラックの死体(?)を抱えている。テクノミュージックに乗って背景で踊るサイケな照明)
ス:いったいどんな病院だここは。
(三人の前にバレバレの合成で三つの火柱が立ち上がる。きわめてサイケ。)

(いきなりファントムクルーザーで宇宙を飛んでいる三人)

ス:いったいどんな病院だったんだあれは。
モ:さっきの交差点で曲がるんじゃなかったっけ?
ス:待て、これを見ろ。
(ファントムクルーザーが荒れ果てた星の渓谷に突っ込む。地面に何度も激突してバウンドしながら小石のように回転する機体。)

(場面が変わると、仰向けに寝ているモルターの主観映像。マスクの覗き窓で矩形に区切られた視界に、蛍光灯の点る無味乾燥な天井が見える。衝突の衝撃のせいか、覗き窓のガラス部分が割れている。スペースゴーストが上からのぞき込む。)

ス:モルター、なんとか言え。大丈夫か。
モ:駄目だ。ぐぐぐ、痛い。
ス:大丈夫だ、私が修理してやる。
モ:うう、意識が遠のく…
ス:我々は君を病院に連れていかねばならんらんらんらん…
(エコーとともにフェードアウト。暗転。)

(24時間営業のスーパーの食料品売り場の深夜の蛍光灯ばかり明るい無人の果物コーナーの床に寝かされているモルターとゾラック。工業製品のような匂いのする極めて当たり障りの無いBGM。)

モ:ぐぐぐ…なんだここは?ぐぬう…
ス:なんでも選んでいいぞ。好きなものをなんでも選べ。
ゾ:俺はトイレットペーパー。
モ:うぐぐぐ、俺はシャーベット。
ゾ:あとプリン。
ス:おい、さっき蛍光灯がちらつかなかったか?
モ:(しばらく見つめて)いや。
ス:瞬きをせずにじっと見るんだ。
ゾ:(咳をする)
モ:俺たちは何をしてるんだ?
ス:待て、またちらついたんじゃないか?
ゾ:俺は帰るぜ。(ふらふらと立って歩き出す)
モ:待ってくれ、俺も帰る。(ゾラックの後を追ってガスンガスンとジャンプする)
ス:慌てるな。まず点呼だ。モルター。
モ:死亡。
ス:ゾラック。
ゾ:俺を食ってくれ。
ス:バスタ。バスタはどこだ?

(先程のレイブな場面に戻る。モニタ上のバスタは狂ったように笑っている。場面転換。またスーパーへ。)

ス:ここで我々の初めてのスポンサーを紹介したほうがいいだろう。
(二人目のスペースゴーストが入ってくる)
第二のスペースゴースト:天然ガスだ。
(第三のスペースゴーストは笑いながらメロンの棚の後ろに隠れている。第四のスペースゴーストが果物棚の向こうに現れる。)
第四のスペースゴースト:ガスを吸うとアイディアが湧くぞ。(さらに多くのスペースゴーストが現れる。中にはテニスラケットにスコート姿のスペースゴーストもいる。すべてのスペースゴーストが笑う。)
ゾ:うるせえ!

(唐突に場面はスタジオに戻る。そもそも彼らは本当にスタジオを離れていたのか、それとも幻覚を見ていたのか。暖房用のダクトが見える。)

ゾ:(こもった声で)うるせえ!
ス:ゾラックはどこだ?
モ:ダクトに潜り込んじまったよ。
ゾ:黙ってろモルター!
ス:どうしてまた?暖房を強くしろ。
モ:(レバーを動かすと、換気ファンの音が大きくなる)
ス:(ダクトをにらみながら)よし。(ダクトの開口部に近づきながら)ゾラック、出てこないと殴るぞ。
ゾ:いやだ。
ス:モルターと私は最高のトークショーを作るために死力を尽くしているんだ。なのに君は緑色の毒グモのようにそんなところでトグロを巻いている。
ゾ:絶対出ないからな。
ス:だいたいどうやってそんなところに入ったんだ?(間)ゾラック。
ゾ:一人にしてくれ。
ス:水晶玉とでもしゃべったのか?
ゾ:いーや。
ス:ちょいと撫でてやろうか。(パイプレンチを取り出す)
ゾ:やめろ。
ス:(レンチで換気口のカバーを叩き落とし)さあ、出てきて全米の視聴者をハッピーにするんだ。(換気口に頭から飛び込む)
ゾ:来るな!
ス:うーむ、中は暑いな。
ゾ:出ていけ!
ス:つっかえて動けなくなった。
ゾ:出ていけ。
ス:動けないと言ってるだろう。
ゾ:出ていけ!
ス:見ろ、ゾラック、動けないんだよ。
ゾ:(ダクトの奥の暗闇の中に目玉だけで)出ていけ!
ス:そんなことして君は楽しいかね?
ゾ:出ていけー!
ス:モルター、私の足首をつかんで引っ張り出してくれ。
モ:(宙ぶらりんになっているスペースゴーストの足を引っ張る)力を抜けよ。
ス:頑張れ、モルター。ゾラックは一人にしてやらねばならん。
モ:力を抜けってば!
ゾ:出て行け!
ス:こっちへ来るんだ。
ゾ:寄るな!
ス:君の頭を噛み切るぞ。
ゾ:出て行け!
ス:モルター!
ゾ:引っ張ったらブーツが脱げちまったよ。
ス:モルター、私の足首を引っ張るんだ!
モ:(脱げたブーツの底に溜まった汗?を見ながら)飲めるかな、これ。
ゾ:うううううららららららららららららららら!(絶叫。語尾が無限にループする。エコー。)

(場面転換。スペースゴーストの居間。直前の場面の「暗闇で叫ぶゾラック」をスペースゴーストの古めかしい小さなテレビで観ているスペースゴーストとモルター。)

モ:しばらくはこのままだろ。一時間ぐらい。
ス:でも私はなんとかダクトから抜けられたな。
モ:ああ…でもあんたはまた潜っただろう?
ス:「自由に身を捧げる男、スペースゴースト」の場面はちゃんと撮ったのか?
モ:いや、あのテープには後で別のものを入れて消しちまった。
ス:なんだと?
モ:いやその、なくしちまったんだ。
ス:(こすられて赤剥けになった顔で)だったら私の顔をサンドペーパーで削り落とした意味はどこにあるんだ?

(いきなりここで終わり。なんちゅうオチだ…)