仮想温泉ぷろめてうす

 

11/21

 というわけで例の予報士は、あの後すぐに職場を去った。彼の名誉のために訂正すれば、彼が人工ハリケーン説を主張したのはあくまで個人として運営しているサイト上でのことであって、本職のニュース番組では普通に天気予報をして評判も上々だったらしい。しかし彼の陰謀論が面白いネタになると考えたラジオ局や全国ネットのトークショーが彼をゲストに呼び、そちらの方で有名になってしまったのが問題になったようだ。

 彼の個人サイトでは、カトリーナの衛星写真に印をつけて「これは人為的に発生させられた雲だ」と主張しているのだが、そういうものは過去の実験の写真と比較対照でもしない限り意味が無いだろうし、ハリケーンをパワーアップするのに必要な核爆弾並みのエネルギーはどこから手に入れたのかという問題にも答えていない。さらにヤクザとのつながりについてはリサーチ無しで断言しているようだ。せめて怪しい東洋人と握手している写真でも載せて落合信彦的ハッタリをかませばいいのに、これでは散歩中のチワワを見て「オヤジ、あれはヤクザを殺すためだけに訓練されたヤクザ犬ですよ!」と主張して廃ヤクザ処理場に送られた『牛頭』の哀川翔と同レベルではないか。しかし一番恐ろしいのは、彼が番組を降りた後になっても地元紙の投書などで彼を支持する人々が結構いたことである。人間、暗算ができなくても難しい単語が書けなくても別にいいけれども、筋の通らない主張を見抜く能力だけは親なり学校なりが責任を持って教えるべきだと思う。

***************************************************

寝て起て大欠(おおあくび)して猫の恋    一茶

「はい、これはどんな感じかなー?」(お互い慣れてくるに従って質問が雑に…)
「ガーフィールド!」
違うとは言わんが文脈として何か違うような。だいたいガーフィールドって去勢されてないか?

小林一茶という人は一見ほのぼのな句を書きすぎたせいか、どうも世間に舐められているので気の毒である。大体ああいうのを二万句以上も書き散らす時点で、既にどこか鬼気迫るものがあると思うんじゃがの。というわけで未だ編纂中の一茶発句全集から、うららかに殺気の漂う作品をいくつか紹介する。

散る桜心の鬼も出て遊べ

世[の]中は地獄の上の花見哉

「六道」連作

「地獄」
夕月や鍋の中にて鳴[る]田にし

「餓鬼」
ちる花や呑たい水も遠がすみ

「畜生」
ちる花に仏とも法ともしらぬ哉

「修羅」
穴一のあなかしましや花の陰

(穴一=小銭を穴に投げ込む正確さを競うゲームだが、ここでは賭博に使われている。)

「人道」
さく花の中にうごめく衆生哉

「天上」
かすむ日やさぞ天人の御退屈

ところで古典文学のデータベースなんてのは税金で動いている大学の国文科が真っ先に作って無料で公開すべきなのに、一茶発句全集も青空文庫もボランティアで動いている。大学系のデータベースもあるにはあるけれども、さしたる理由もなく学内専用になっていたり、所属大学と研究内容を送って許可を貰わないとアクセスできなかったりする。そんなのをいちいち読んで審査する人間にはどういう資格があって、彼らの給料はどこから出ているのだろうか。こういうことは納税者や利用者が怒りださないとどうにもならないのだから人々はもっと怒るべきなのである。そういえば十年ぐらい前まで某国立大学の図書館には入り口で入館証を確認するためだけに雇われている窓際ジジイが居て、はるばる他の大学から紹介状を持ってやってきた学生に向かって「この紹介状だと入館はできるけれども閲覧は許可できないから本棚の本に触っちゃいかん」などと血も涙も無いことを言っておったが、あるとき遂にブチ切れた来館者が朝日新聞に投書したら途端に制度が改善されたようだ。目の前でどんな問題が起きていようと、それが朝日に載るまでは現実と認めない人たちが世の中には大勢いるのである。いずれ大新聞なぞみんな滅びるのだから使えるうちに利用しましょうね。

9/22

今週の「なんじゃそりゃあああ!」

今日の授業で学生から聞いた話。あまりにも気が狂っている上に現在進行形なのでとりあえず書き留めておくことにする。

わがポテト州ポテト市(人口四万・主要産業ジャガイモ・ウォルマートもあるでよ)のNBC系テレビ局の気象予報士が、「ハリケーン『カトリーナ』はロシアとヤクザの陰謀によって人為的に引き起こされた」という説を番組中で語って物議をかもしているらしい。「彼は既にクビになった」という学生も居れば「でも彼はいい人よ!」という田舎特有の謎の論理で弁護する学生(直接の知人かも)もいて、情報は錯綜している。いま私はケーブルをインターネット専用に契約していてテレビを持っていないので、とりあえずネットで見つかった記事(Google 検索結果)を総合すると、この予報士が主張しているのは

1. NASAが撮影した衛星写真から判断するに、カトリーナはマイクロ波によって人為的に作られたハリケーンである。
2. マイクロ波や音波の力で嵐を引き起こす技術(テスラ兵器とかスカラー波とかそのへん)は旧ソ連で70年代に開発され、80年代後半に売却されて拡散した。
3. 現在その技術を保有している組織は世界に十個ほどあるが、最も疑わしいのはジャパニーズ・ヤクザである。彼らの目的は、この技術を利用した先物市場での金儲けと1945年の広島原爆への報復だ。

まさにデンパな思考である。そりゃヤクザっちゃあ広島だが、ニューオーリンズ放置プレイの件でブッシュ政権が当然の非難を浴びるのが、この予報士はよっぽど気に入らなかったのだろうか。しかし、こういう意見を本やサイトで細々と書くならともかく、いくら保守的なド田舎ローカルとはいえまともなニュース番組で喋ってしまうのはジャーナリストとして自殺行為になるようだ。いまの日本人なら「アホか」と笑い飛ばすような内容でも、このあたりの日系人は大戦中にヨーロッパ戦線の二世部隊で死にかけたりマンザナーの収容所に送られたりの世代が結構残っているので、本気で怒るかもしれない。さっき問題のテレビ局のサイトを見に行ってみたら彼は既にクビになったらしく、「お別れビデオ」が流れている。この予報官の経歴のページとかもそのまま残っていて、隣町の出身でカンザス大学で気象学の学位を取って、あとは予報士として田舎のテレビ局をあちこち、それからポテト市に落ち着いて十年余り…その過程でじんわり狂っていったんだろうねえやっぱし…世間的には「いい人」のまま。もう四十なのにどうやら独身(二十歳前後に全員片付いてしまう田舎では、これだけで十分「変態」あつかい)で、生き甲斐は犬二匹とか言ってるし…ああヒトゴトじゃあなくなってきたよ。頭の中では彼も「世界を揺るがす陰謀に、すべてを失いながらも唯一人立ち向かう正義のジャーナリスト」なんだろうな。正義ってのはタチ悪いです。とりあえず今夜はここまで。

9/17

Batman Begins 感想文

「半端にリアル指向なのが嫌だ」みたいなレビューをどこかで目にしましたが、この監督の表現するリアルさとか現実とかいうものは相当に曲者で、例えば五分ごとに記憶が途切れてどんどん逆行していくとか夜昼の無い土地で不眠症になってもう何日も寝てない人間の主観とか、キャスティングの段階で既に他の有名映画を意識して観客をだます仕掛けがしてあったり、一見ミステリとして辻褄が合っているようでも、なんか奥の方ではフィリップ・K・ディックとかテリー・ギリアムに近い現実崩壊系の人のような気がします。この映画でもニンジャやスーパーヒーローの跋扈する荒唐無稽な世界・大富豪としての主人公の属する企業や上流階級の世界・その裏口のすぐ外に広がる犯罪者の世界・ゴッサムシティを包むマスコミが映し出す世界・数が多すぎてこの世のものとは思えないコウモリの乱舞・ロケなのにCGのように幻想的なシカゴの風景…などが虚実の薄?い皮膜を挟んで幾重にも積み重なっていて、多分どれが本当でどれが嘘なんて考えずにボヘーッとクラクラしながら見るのがイイのだと思いました。じっさい2001年に世界貿易センターが崩壊してからこっち、「フィクション」と「現実」の境界線がぶっ壊れて大量の怪人やヒーローもどきがこっち側に乱入してきたような気がするし、関係ないけどイスラム圏の若いテロリストは大概日本のアニメもアメリカのヒーローものも大量に受容して育った世代だから、彼らの世界観や正義感にもそれらの物語が多分に影響を与えていると思われます。そのへんも誰かちゃんと調べて欲しいんだけどウェブ上にはろくに情報が無いっすね。

簡単れぴし「下品汁スパゲティ」

材料:スパゲティ 豚肉少々(べつに塩漬けでもベーコンでもソーセージでも良い) 卵 コンソメ ニンニク 野菜各種

作り方:湯を沸かしてスパゲティを茹でる間に以下の作業を行う。

具→フライパンに薄く油を引き、豚肉をサッと炒めて皿にでも取っておく。そのフライパンで炒り卵を作ると大学街の中華料理屋の卵炒飯の如き下品なコクが出て良い。なんとなくここは半熟だろうと思う。できあがったら大きめの丼に入れておく。

汁→コンソメ一個、ニンニク、トマト、人参、セロリ、レタス、パセリその他何でも冷蔵庫にある野菜を、さっき炒めた豚肉と一緒にミキサーに放り込んでブン回す。モーターの回転中は、そもそも肉をミキサーに入れていいものかと悩んだり、下山総裁轢死事件の謎について考えたりすると良い。ニンニクは二欠片もあれば十分だが、万一頭上に印度美女が出現して民族舞踊を始めるようなら彼女は「貴方の人生には濃さが足りない」と言いたがっているのだから思い切って量を増やすべきだ。

出来上がったら丼の炒り卵の上に汁をダバダバと流し込み、好みで塩胡椒など加えて、ちょうど茹で上がった麺と一緒に、生野菜の風味が消えぬうちに素早く食べる。食べながら箸でかき混ぜると炒り卵が上がってきて、なにやら下品で良い。

今週の「それは結構いいかも」

荒海や佐渡によこたふ天の河

「さあ、君たちの耳にはどんな音楽が聞こえる?」
「Hero の最初の方でジェット・リーとドニー・イェンが闘ってる時の琴の音楽」
ぬぅ、いきなりマニアックな…私もその場面は憶えてるけど音楽は思い出せんぞ。
「じゃあヘビメタ」
これは意表を突かれたが、想像してみると悪くない組み合わせのような気がしてきた。胡散臭い金のにおいがプンプンする例のスピルバーグの芸者映画がもし当たったら、後はもう何でもありということで「奥の細道」を芭蕉ニンジャ説の線でヘビメタちゃんばら映画にしてみるのもいいだろう。大技が決まると画面にドォーンと俳句が!…やっぱ駄目か。

9/10

「未知との遭遇」

外国語学部は経営学部と同じ校舎を使っているので、教員用のオフィスも学生の往来する本筋から折れた狭い廊下を挟んで向かい合わせに並んでいる。そのせいで経営学部の教員を観察する機会も多いのだが、私の見るところ、彼らに共通する特徴は以下の通り。

* 「声がでかい」二枚のドアを突き抜けて電話での会話がびんびん聞こえる。
* 「身なりに金をかけている」さりげなく目立つボウタイとか妙にでかいメタルフレームの眼鏡とか何時見ても床屋から出てきたばかりのような頭とかそういう、こだわりのオヤジファッション。
* 「社交能力がある」オフィスに誰かが来るたびに「やあやあ握手握手」と賑やかである。相手が日本人だと見ると、きちんと日本式の作法に則って名刺を差し出してくる。生まれてこのかた名刺など持ったことのない私には冷や汗ものである。

逆に彼らの視点から見れば、外国語の教員たちは「自信無さげにボソボソと喋り、いくつになっても老けた学生のような服装で本の山に引きこもっている社会不適応者の集団」ということになるだろう。大袈裟な言い方をすれば、廊下一本をはさんで全く別の文化圏が向かい合っているのである。私は下っ端なので関わらないですむが、部屋割りとかで学部同士の利害が対立したときは、さぞ支離滅裂な交渉になることだろう。くわばらくわばら。

今週の「それはちょっと違う」

人にあはむ月のなきには思ひおきて胸はしり火に心やけをり(小野小町)
「はい、これはどのような心境を詠んだ歌でしょう?」
一人の女子学生が即座にビシッと手を挙げて曰く、
「性的欲求不満!」
いやそれは正しい答えだと思うけど、なんつうかその…

英文科の某教授によれば、最近の学生はドストヱフスキイなど読ませても「主人公の抱えている問題は要するにこれこれの精神病なのだから医者にかかって薬を飲めば治る」「この夫婦はカウンセリングを受けるべきだ」などとレポートに書いてきて教師を困らせるらしい。どうしたもんでしょね。

9/3

「日米文化交流」

最近階上のガキ(砂糖デブ)が毎朝スーパーサイヤ人に変身してうるさいです。

いきなりだが、スーパーには「男値段」というものがあると思う。たまにスーパーに来るとソワソワと落ち着かなくなり、要るものだけカートに放り込んでなるべく早く脱出しようとするタイプの男からボッタクルための値段である。だってあーた、牛肉の値段見たあとでビーフジャーキー買えますか?ごっついステーキ肉が買える金額ですぜあれは。売る側もよく分かっているのでジャーキーはビールやポテチの棚に置き、肉コーナーからはなるべく離してあるようだ。男物と言えば、安全剃刀の刃とかも妙に高いねえ …

初級スペイン語の授業を見学に行った。

「今日は素敵な腕輪を紹介します」

部屋に入ってくるなり教授は何の変哲もない黒いリストバンドを見せる。

「でも共和党の人には買えないのよネ(心臓記号)だってほらここに『私はブッシュに投票してない』って書いてあるし、いいでしょウフフフ♪」

いきなり学生の九割に豪速球で喧嘩売りますか。雇用条件がバイト君レベルの私が自分のクラスで同じことやったら一瞬で学部に言いつけられて来週から別の人間が教壇に立ってる予感がビンビンするぜ!

8/14

たとえファイル共有で音楽産業が滅んでも、音楽は残る。
むしろ、産業が滅んだあとの音楽を、
ちょっと聴いてみたかったりして。

Winco のニンニクはバラ売りなので、備え付けのビニール袋に入れて買って帰ってそのまんま冷蔵庫に入れておくと大抵湿気がたまってカビが生えるし、袋から出して野菜ボックスに入れると今度は干上がってしまう。このあいだ韓国の映画を見ていたら大量のニンニクらしきものを網袋に入れて表に吊ってあるのがチラリと映って、そういえば日本でも網袋に入れて売っていたのを思い出し、オレンジが入っていたネットにニンニクを入れてドアノブに吊るしてみたら、これがすこぶる具合がよろしい。ニンニクさんも風に吹かれて喜んでいるような気がする。やはり大事なものは袋に入れて、ぶうらり下げておくに限るのだな。

(あとで「まりも」が二、三度ニンニクに飛びつこうとして失敗していた。だいたい君はニンニクなんか食っちゃまずいだろうに)

初夏の夕方、よく勝手口から山椒の葉を取りに行った。庭の山椒には目玉模様のついた巨大な揚羽蝶の幼虫がいて---芋虫が気味悪いのは、彼らが手も足も顔も無い、ただ食って蠢いて糞をする生命そのもののように見えるからだろうか---そんな余りにも無防備な、内蔵の詰まった薄い肉の袋が、鋭い棘のある山椒の枝に横たわっているのを妙に息苦しく感じながら、幼虫に触れぬように枝を折らないように左手で枝をつまんで、先の方についている柔らかな葉を集めるのだ。夕陽のやどる薄緑の若葉は、摘みとられてからも手の中で呼吸していた。無数の虫や鳥類の発する音と気配が大気に微細な水紋を広げ、適当につっかけてきた木のサンダルが心地よい。

山椒が袋に入った粉として店に並ぶものだと初めて知ったのは、東京に出てからのことである。

7/29

日本酒の商品名(清酒「○○」)として用いるのに最もふさわしくない単語を次から選べ。

「全裸」「誤差」「政治」「ロリータ」「公務員」「相談」「漏電」「関係」「推測」「金属」「未使用」「課題」「作戦」「統計」「解説」「批評」「懐疑」「宗教」「変更」「部品」

「おわああ、ここの家の主人は変態です」

萩原朔太郎の例の詩において
「病気です」と「変態です」は
ほぼ同義のような気もするのだが
ヘンタイと言いきられると詩にならないのは何故だろう。

さる学生の解釈によるとあの猫は
「主人が病気で寝ていて遊んでくれない」のを
嘆いているそうなのだが
それはちょっと違うと思うぞお嬢ちゃん。

 小学校六年生のとき、栽培委員会というものに入っていた。この学校の五年生と六年生は全員が何らかの委員会に入ることになっていて、栽培委員というのは要するに校庭の草むしり要員であった。それなら単純に草むしりだけさせておけばいいようなものだが、一応「委員会」という名前なので月に二回ほど会議があったのは、子供に民主的な物事の進め方を教えたかったのか、それとも日本的な本音と建前の使い分けを実物教育していたのか。そんなわけで会議には毎回議論に値するような話題も無く退屈極まりない時間だったのだが、あるとき副委員長として黒板の前に立っていた森さんという女の子の顔をぼんやり見ていた私は翻然として悟るものがあった。「この人、眉毛が吊り上がってるのに凄い垂れ目だ!」何事かの要点が急に見える、という体験に興奮した私は、思わず目の前に形式的に置かれていたノートに生まれて初めて似顔絵というものを描き、我ながらよく似ていると思ったので隣に座っていた同じクラスの吉川君にその絵を見せた。

 全裸で風呂を駆け出した古代の哲人のごとく「オレを見てくれー」状態にあった私に、しかし吉川君は冷水を浴びせかけた。曰く、「お前は年中女の顔ばかり見ている。つまりお前は年中女の絵を描いている。だからお前はスケベであり、それは非難されるべきだ!」

 「似ている/似ていない」「上手い/下手だ」「面白い/つまらない」などの評価軸だけを期待していた私にとって、これは青天の霹靂であった。そりゃ見て描いたのだから森さんの顔をじっくり見たことは否定しないが、年中女の絵を描いているというのは一体どこから来るのか。彼もまた退屈していたはずなのに、なぜここまで怒っているのか。というわけでこの日、私は他にも多くのことを学んだのであった。つまり、「吉川君には批評家の素質が無い。そもそも批評の何たるかが分かっていない。」「しばしば人間はデータにも論理にもよらず直観で物事を判断し、誤った結論に至った上、反論を受け付けない」「人間は理解できないものを見ると怒る」「向こう三軒両隣の人々は表現活動の敵である」「それ以外の関心の対象をほとんど持たないにも関わらず、日本的田舎は、なぜか性的欲求や興味を否定したがる」…

 「こらアカン」と思った私は、以後数年間、東京に出るまで、上から言われることしかせずに大人しく過ごしたのであった。いや、さらにその数年後、ネットという場所を知るまで寝たふりをしていたのかもしれない。表現の自由ってのは、有り難いやね。

6/28

 ジョージ・A・ロメロ監督の久しぶりのゾンビ映画 Land of the Dead を見に行った。ポテト市には映画館が三つあって、すなわち (A) 半年ぐらい前の映画を1ドル50セントで見せる掘建て小屋と、(B) 明るく健全な最新作をいつも数本上映しているシネコンと、(C) 多分同じ経営者で、あまり客が入らないと予想される新作を三本ぐらいひっそり上映するための古い映画館だ。(A) は何と言っても安いので貧乏人には大変ありがたく、百席ぐらいの映写室が二つしかないのに上手くやりくりして、ちょっと前の映画を常に数本上映しているので、たとえ椅子が小便臭くても今どき音声がモノラルでも上映中に一人でブツブツ言ってる客が大勢いても、まあ我慢できる。ちなみに今の季節は、小銭を握りしめて走ってくる夏休みのガキンチョや、ジェイソンに真っ先に殺されるタイプのホルモンぎんぎんなチーンエージャーで一杯なので映画によってはまともに見られないのだが、そんな客層のおかげでバカホラーとかが上映される際は、その種の映画とは切っても切れない「若いムスメの悲鳴」がライブかつサラウンドで聞けるので、ちょっとイイ感じだ。ここに家族連れでぞろぞろやってくる人たちは概して西原マンガ的に香ばしく、映画がハズレの場合は往々にして客席のほうが面白いことになっている。(B) には、半年に一度ぐらいスパイダーマンやスターウォーズを見に行く以外、ほとんど用事がない。ここに来る家族連れは下手に小銭を蓄えているので、観察しても面白くないことが多い。ただし宇宙艦隊が爆発する音は、ここに限る。最後に(C)だが、お察しの通り私が激しく見たいと思うような新作は大抵ここで上映されるのであった。 Kill Bill もここだったな。しかもよそ見をしているとすぐに番組を入れ替えてしまうので、狙った映画が来たら即刻見に行くのが荒野の掟だ。(Sin City 見そこねたぜ畜生!)ちなみにいつ行ってもガラガラで、改築や移転の噂が後を絶たず、昼間の変な時間に私が入っていくと、バイトの少年少女が揃って、まるで狸がトックリと大福帳をぶら下げて歩いているのを目撃したような顔をする。君たち世間が狭すぎるよ。

 そうそう、映画館ではなくて映画の話をしていたのであった。夏の風物詩と言えばもちろん立って歩く狸ではなく、歩く死体である。今回久しぶりにロメロのゾンビ映画を見て、その後世間に溢れた類似品の大半がしょせん魂のないコピーに過ぎないことを痛感した。まあゾンビだけに魂なんて無くてもオッケーな気もするし、私はカプコンの『バイオハザード』も最後まで遊んだし、ちょっと前に来た映画版もバイクに乗ったミラ・ジョボビッチがスローモーションでステンドグラスを突き破りつつ登場するのを(A)の掘建て小屋で見て青少年諸君と一緒に「うおーいいぞ、ぶっ壊せー!」と盛り上がった(*) クチだから、まったく偉そうなことは言えないのだが、ゴジラ映画の場合と同じく、「あるジャンルを切り開いた映画」と「そのジャンルに乗っかっただけの映画」は、いくら見た目が似ていても込められたものが全然違う、それこそ生きた人間とゾンビぐらい違うのだ。今回、話の展開上ゾンビを応援してしまうので、ホラー映画としては余り怖くないのだが、人間や社会の描き方は相変わらず堂々たるものである。ジャンルなんてものは評論家と宣伝部のためにあるんだ、と言い放った三池崇史同様、ロメロ本人は昔も今も作りたいものを作っているだけで、べつに「ホラー映画」や「ゾンビ映画」を作っているつもりはないのだろう。なぜ死体が歩く話なんぞが面白いのかと言えば、それは「では、生きている人間とは何者なのか、生きるとはどういうことなのか」を強烈に照らし出す手段だからであって、「人間の形をしたものを遠慮なく銃でバンバン撃つのが楽しい」なんてのは副産物に過ぎないのだ、多分。

 今回、 911以降のアメリカと世界が大きなテーマなので、みなさんも脳が腐らないうちに是非。

(*) 私は教会の備品が壊れるのを見ると興奮する。もちろん某監督の作品を見すぎたせいである。

6/22

日本は今でも国歌でいろいろ揉めている。国歌というものについて私の目を開かせてくれたのは、大昔の平凡社の国民百科事典に載っていたフランス国歌『ラ・マルセイエーズ』の訳詞である。曰く、

「…奴らの汚れた血を、畑にぶち込もう♪」(*1)

素晴らしい!まさに革命歌である。フランスの農民は熱いな。内臓も血も使って腸詰を作るんだな。日本の幕末にも、圧制にキレた全国の民衆が「ええじゃないか」の代わりにこういう歌を歌いながら江戸に攻め上り将軍の首をちょん切って桜田門に曝すぐらいのことをしていれば、もっと燃える国歌ができただろうに。別に革命歌でなくても、あの時代なら「オロチの首を一本ずつちょん切って蒲焼きにするぜ!」とか「七つの海を押し渡り、世界の王となれ!」とかそういう、前奏が流れるだけで立ってしまうような分かりやすい国歌を作ることもできたはずである。(で、敗戦と同時に封印される。)しかし現実の『君が代』は、天皇家を讃えつつも色々と言い逃れのできる範囲の微妙な歌詞で、ああ日本だなあと思う。どうせ天皇ネタなら万葉集冒頭の「ねーちゃん名前教えてくれやー!わし、この辺の顔じゃけえ!」という雄略天皇本人の魂の叫び (*2) とかのほうが正直で万古普遍でいいのに。よく考えたら君が代の歌詞は字余りとはいえ和歌なので、あの曲に乗せられる歌詞が日本には既に無数にあるのだ。でも、とりあえず石川啄木は国歌に向かない。

*1 おそらく左翼系の歌声集団がノリノリで訳したと思われるが、さすがに正直すぎるので普通はもっと格調の高い日本語に訳されている。ここに、歌詞全訳および解説が。しかし、問題の下りはリフレインの最後で、一番耳に残る部分ですな。すげえ。やっぱり一般的日本人はフランスを誤解してるんだよ、正しいフランスを理解するために『ジェウ゛ォーダンの獣』を見るべきなんだよ…

*2 原文および解説はこちら。

『ゴジラ』 (1954) を初めて見たっす。
「とにかくゴジラが出ていればウケる」
という前提が無いので、
子供だましではない一本の映画としてきちんと作られています。
ところで芹沢博士と恵美子の婚約が解消された理由は
「芹沢が戦争で負傷したから」と台詞で説明され、
それは眼帯に覆われた彼の右目の事だと一般に解釈されていますが、
二目と見られぬ顔にでもなったのならともかく
その後も普通に生活して研究して海に潜ってゴジラと勝負するほど元気なんだから
片目ぐらい別にいーじゃんとも思います。
むしろあれはフロイト流に
性的不能の隠喩と解釈した方が納得がいくような。

というのも昔読んだ日本の伝説集にこういう話があったので。
(たしかこの本。一度見たら忘れられん表紙。うーむ、今は電子本でも買えるのか。)
むかし、ある村が巨大な鳥の化け物に襲われた。
村人たちが途方に暮れていると、
あまりにも巨根なせいで許婚を全部殺してしまうので
絶望して村はずれに一人で住んでいた男が
おのれの巨根を武器に怪鳥を倒し(どうやって?)
それから今度は自分に突き刺して(だからどうやって!?)
怪鳥と心中するように死んでしまう…

これってゴジラ以前から日本人の頭に眠っていた物語なのか、
それともゴジラに影響を受けて
1954年以降に採録された話なのか、
非常に気になるんですけど。

5/24 

(吉例 メール使い回し)

あしたの授業のために一夜漬けで石川啄木を読んでいるところ。
教科書は全部英訳の日本文学アンソロジー(怒鳴るどキーン編訳)なのですが、
和歌や俳句はローマ字で原文が併記してあります。

 夢さめて
 ふつと悲しむわがぬめり
 昔のごとく安からぬかな

はて、我がぬめり?
つまり昔に比べると衰えたので、夢精したあとにむなしさが残ると…
こういうネタは教えにくいなあ…(*) と思ってネットで原文を確認したら
「わが眠り」でした。
いや nemuri と numeri って似てるし。

(*) 「ローマ字日記」に、貸本屋が持ってきたエロ小説を三時間かかって筆写した啄木が翌日になって「ああ俺は馬鹿だ!」と後悔している場面があったので、「わははは、バカだねー」と笑ったら宣教師で日本に行ったことのある学生が真顔で厭がってたり。彼らの間ではポルノという言葉さえ一種の禁句らしくて、 "dirty book" と言うそうな。

例によって学期が終わったとたんに何もすることがなくなったので
猫どもに倣って身の回りを整えようと思って
いつの間にか割高になっていた携帯を乗り換えたり
(契約したら電話機が無料で空輸されてくる上、お金を100ドルほどもらえるようです。
日本より数年遅れて生き馬の目を抜いている模様。)
ハードディスクを空にしてOSから入れ直したり
(半年に一度ぐらいは、やったほうがいいすよ)
部屋のゴミを捨ててみたり(とりあえず掃除の前にスペースを確保しないと)
人間関係も見直そうと思ったら
見直すほどの関係がないのも例年通りです。
まだ猫の方が複雑な愛憎の世界に生きている模様。にゃー

詩人になることで自分の社会的野心から遠ざかると思うなら、詩なんか書くな。詩神は君の助けなぞ求めていない。むしろ君が自らに問うべきなのは、「自分は詩の力なしでやっていけるのか?」ということさ。----Philip Levine

このあいだ。何人かで『銀河ヒッチハイクガイド』を見に行こうという話だったのに、たまたまスターウォーズが初日だったのでそっちを見ることになった。いろんな人間の意向や気分が絡み合って生起するこの種の番狂わせをどのくらい楽しめるかによってその人の社交性は左右されるのかもしれない。ちなみに私はそういうのが全ッ然楽しめないタイプなのだが、今回は映画が面白かったからオッケエである。周知のごとくこの映画の結末は70年代から決まっているので、なるべく大きなスクリーンの前に座ったら、ただ口を開けて宇宙大活劇(くわつげき、と読もう)をホゲぇぇと楽しめばよろしい。ところでルーカスという人は得意と不得意がハッキリ分かれているタイプで、感情のこもった台詞を書くのが豪快にヘタクソである。「あなたはとても沢山のストレスを抱えていますね」みたいな調子で、日本の中学生用の教材としてはぴったりだが、世界が注目するSFちょー大作の台詞がこれではさすがにまずい。(世界中の字幕屋さんや吹替屋さんは腕の見せ所である。)昔からあちこちでボロクソに言われているにも関わらず、ルーカスはそれでも一字一句自分で書いているようで、相変わらず下手だ。せめて今回出番の多いサミュエル・L・ジャクソンの台詞だけでもタランティーノに書かせれば…って、別の映画になっちゃうか。前にもちょっと引用した映画評論家ロジャー・エバートの新聞評に曰く、「ルーカスは『ラブシーンを書けない』というレベルにさえ達していない。彼の書く台詞にくらべれば、出来合いのグリーティング・カードの文句の方がまだ情熱的である。」そもそもこの監督には台詞で映画を盛り上げようという気が最初から無いらしく、更にエバート曰く、「目の前で宇宙艦隊が爆発しているときに、なぜ彼らはスターバックスで携帯を使っているような口調なのだろう?」しかし例えば最新のCG技術で更にパワーアップした(皺とか)ヨーダの爺ちゃんが、緑色の裸足でしっかり床を踏みしめて生身の俳優の隣をペタシペタシ歩いているところなんぞを見ていると、何かこう脳にフォースが作用して台詞の巧拙なんかどうでもいいやと思えてくるのがこのシリーズの不思議さである。「ルーク、理力を知れ!」

ラストシーンは初めて見る映画なのに懐かしくて、あたしゃ何だかしみじみしたよ。最初の映画を見たときは小学生だったもんな。エバートもしみじみしたらしくて、ルーカスの欠点を散々楽しそうに貶したあげく、4点満点で3.5を付けている。そんな映画。

3/26/2005

古いメールの山を漁って掘り出した文章。

ぬー、プレイボーイチャンネルなんてのがあるんですねえ…
学内のアパートでただで見られるケーブルテレビは、
CableOne という会社が30局ぐらいセットで配信してる奴で、
学外ではソフトポルノのチャンネルも二つぐらい提供してるみたいですが、
学内からだとノイズにまみれた影がモゾモゾ動いているのが見えるだけです。
これは本当のソフトポルノ、
乳まで出すけど腰には毛布がかかってる(=入れてない)ようなヌルい代物で、
カップルで気分を出すためにでも見るんでしょうか、
独身者がちんこ握りしめて見ようとすると、
むしろ或る種の怒りが込み上げます。
内容と言ったら本当に美男美女が正常位で延々とモゾモゾしてるだけだし。
ピンク映画的な趣向だの変態だのドラマだのも無いし。
作ってて空しくないんかのう…

スリムファストならスーパーに腐るほど売ってますよ。
最近気がついたけど、サプリというのはダメ人間方面の需要が高いような気がします。
一番ろくでもないデブの素を安く売ってるダメ人間食料品店にいくと、
やっすいケミカルなサプリがやせ薬の隣にどばーんと並んでます。
やっぱし運動もせずに薬、
しかも安いのでなんとかしようってのは駄目方面の思考かのー。
ちなみに村で一番おハイソなフレディ・マーキュリーことフレッド・マイヤーにも
サプリは多いですが、ここは生薬系が多くて高いです。
駄目じゃない人は、生薬飲んで不味い豆腐食って不味い緑茶飲んでスピルリナ齧って
ジムに通ってせっせと運動するようです。
つまらん人生じゃ。

「結婚する=大人社会に組み込まれるまでハメてはならん」というのは
ちんこ盛りの若者を年寄りの都合で操るための最強のシステムですな。
(まあ、まともな避妊方法の無い時代には妥当なやり方だったと思いますが。)
「テロで死んだら処女とハメ放題の天国」とか。
そんなんに騙されて死んだ奴は浮かばれんのう。死んでちんこが咲くものか。
盗んだバイクで走り出すべきなのは、万事ゆるゆるの日本の若者じゃなくて、
イスラム圏の青少年だと思います。

philipkdick.com
というフィリップ・K・ディックの個人ファンサイトのURLはその後、
彼の作品を扱う財団みたいなところに買い取られてディックの公式サイトになり、
誰某@philipkdick.com という
イカすフリーメールとかは使えなくなったのですが、
この財団は只のスーツのおじさん達ではないらしく、
新しいサイトではディックの生涯・作品・映画化作品などについて愛のある解説が見られます。
中でも感心したのは、遺稿の中から出版されなかった断片や
初公開の書簡の類いを、タイプ原稿をそのままスキャンして載せていること。
やっぱり「公式」を名乗るからには、
こういう本家本元にしかできないサービスがあるべきですよね。
商売を犠牲にしろとは言わないけど、
売りにくい余り物をちょろっと出してくれるだけでファンは喜ぶわけで…
81年に、ブレードランナーの製作途中の映像をテレビで見たディックが
感動してプロデューサーに送った手紙なんてのがありました。
「そろそろくたびれてきたSF文学というジャンルを活気づけ、
さらには新しい可能性を開いてみせる作品だ」と言い切ってます。
原作者として最大級の褒め言葉でしょう。

某会員制出会い系サイトの日記に書いた文章の改訂版。別に出会いたくないので、あそこは下書きノートとして使うことに決定賞欽ドン。最初に書く場所によって何となく気分も違ってくるから面白いです。

夕方校舎の裏の自転車置き場で、ふと脳内の誰かが「ウナコーワのウナって何だ?」と呟く。こういうちっぽけな疑問の答えは大抵Google で即座に見つかる今は便利な時代なので家に帰ってすぐ検索してみたら極めて正解くさい文章がズラリ出て来たけれどそのズラリ具合は明らかにコピペの匂いがして、最初に書物なり当事者なりを探して答えを手に入れた人はともかくそのフンドシを黙ってコピペして展示しているその他無数の皆さんを見ると便利だけどつまらん時代になったもんだと思う。コピペと言えばちょっと前に個人サイトの方で「どっかの会社が10ドル前後で売ってる怪しさ爆発特典皆無画質最低サニー千葉70年代バ空手映画英語吹替版十本組DVDボックス」に含まれる作品の原題と製作年をちょっと頑張って調べてテーブルにしたんだけどこないだ用事があって検索したらどっかのブログにそのテーブルが露骨にコピペされてたような、いえいえあんな心が下痢しそうな映画を一年に何本も撮ったサニー師匠やスタッフ各位の偉大さに比べれば私の努力なんてそれこそあっちの赤フンこっちの白フンを借りて来て洗いもせずにパッチワークしただけだし情報がコピペで広がることによって一人でも多くの皆さんが地獄拳の直撃を受けて世界人類が平和になるならそれにこしたことはないのですが流石のGoogleくんにもコピペの山の中からオリジナルを拾い上げる能力は今のところ無さそうだしそういえば私がかつて独り怪しく笑いながら書いたスペースゴーストのキャラクター紹介(あそこは翻訳じゃなくてオリジナルだよ、というか番組を見たことがない日本人が理解できるようにトランスクリプトもビデオ見ながら散々書き直したし)もどっかのSFキャラクター辞典だかに劣化コピーされていて、わざわざつまんない文章に書き直す暇と気力があるんなら黙ってうちにリンクを張ってくれれば私も褒められた気分になるしアンタは浮いた時間で何でも他の面白いことを考えればいいだろう、パクリと言えば他にも数年前から私の書いたものをちょろちょろくすねては申し訳程度に書き直してあっちこっちに載せている炎のなんとかって奴がいて、そいつときたら二言目には一匹狼だの誇りだのと、一体どのツラ下げてそんな、イヤ電波じゃないぞ本当だってばほれここにリンクが…(筆文字でURLが書かれた卒塔婆のような長い板を数枚、ズボンのポケットから物理法則を無視しつつスルリと取り出しかけたところで、むき出しの腕に場違いな筋肉の盛り上がった黒子の一団に肩を掴まれ、舞台上手に向かって引き摺られながらも喋り続ける)結局うちのスペースゴーストやマトリックスの記事を、とくに交流が無くてもきちんと敬意を込めて紹介してくださったのはスカポン太さんと魚蹴さんぐらいで、あとはもう紹介文が露骨に間違ってる奴とか内容読まずにリンクしてる奴とか、なんで自分が好きでもないモンを紹介するのかな、だいたい世の中には愛が足りねーんだよ私は単なる情報には興味が無くて知りたいのはその背後にある人の心でありその人の心に映る世界の面白さ悲しさであり、個人サイトを無料かつパクり放題の情報源としてしか見られない連中とは多分永遠に分かり合えず、だいたい面識の無い相手は人間ではないから敬意を払わなくていいなどというのは柳田民俗学に出てくる山村とかそういう世界の感覚であって、この科学と文明と理性の時代にそんな…(強制退場)

(五分後、裏通りに面した楽屋口に出現し、その四角く切り取られた黄色い光を背に通りすがりの猫に向かって一人しゃべり続ける)というわけで私は議論の余地の無い正解とかそんな答えしか必要としない問題にはあんまり興味が無いのだけれどもネットというところは四字熟語の誤用がどうのこうのとか三国志の武将がどうたらとかそういうちょっと検索すれば文句の付けにくい正解が分かる程度の知識を、その程度の作業さえ面倒くさがる人々に向かって印籠のように突きつけてチンケな虚栄心を満たすための主として場所であってつまり私にはあまり居心地のいい場所ではないわけですねそんなわけで今日の夕方、自転車に乗って家に帰って検索してがっかりするまでのあいだ私は夢の万能薬ウナコーワをほとんど独力で開発した知られざる天才・宇那省三博士とか彼の娘でやっぱりどっか遠くの国ですんごい研究をしている宇那宇那子博士のことを勝手に妄想していて、省三博士は天才だから娘のネーミングが狂っていて、だいたい天才でもそうでなくても日々を誠実に生きる父親というものは概してどっかズレてるもんだけれども、それでも彼は娘のことも開発中の薬のことも同じぐらい大切に…というかこの人の場合、そもそも両者の区別がついてなさそうだ。ところでよく考えたらわたくし今日は朝から仕事で大ドジ踏んで落ち込んでたんだけど一銭にもならないこの親子のことを夢中で考えてたら何故かちょっと元気が出たりして、つまり相変わらず自家発電な私。

ところでさっき月丸(猫、雌、生後十ヶ月)がこの春三匹目のミミズを口にくわえて意気揚々と凱旋してきたのですが、たまたまプリプリと弾力溢れる泰国のナントカ麺を茹でて食べ始めていた私が窓越しに露骨に嫌な顔をしたら、ふと何かを思い出したらしくて、獲物をくわえたまま回れ右して裏庭の闇に戻って行きました。最初の二匹を大騒ぎして捨てた効果があったようです。でっかいのを素足で踏みそうになったもんな。

1/25/2005

やれば、できる。毎日やっていれば、子供はできるのである(図参照)。というわけで生活が変わり、部屋に生物が増えて電話線がなくなった。だからやめておけと言ったのに(私が私に)。ネットが使えないので冬休みで無人の校舎に潜り込んで闇の中で端末を叩いていた時、なんか脳から汁が出てきてこんなメールを書いた。

例の鮫映画には気をつけた方がいい。スターの名前をちりばめたキャンディーの包み紙の下にあるのは、二十年前の人種観に基づいた、実写映画の世界なら即座に没になるような陳腐な脚本だけである。あの映画を私は例の小便臭い名画座で1ドル50セントで見たのだが、それでも詐欺にあった気分だ。思うに合衆国における劇場用アニメーションというのは、今なお塵芥の山にデタラメな宝石が転がる、怪しい辺境地帯なのである。

ゴミはもういいから本当の宝石の話をしよう。The Incredibles の世界はあくまでも暗く、しばしば苦しいほどに現実的だが、それでもそこにはスーパーヒーロー物というジャンルにしか表現し得ない夢と輝きが溢れている。万難を排してこれを見よ、そうすれば君の惨めな魂は救われるであろう。もし君の自動車が爆発したなら、自転車で映画館に走れ。道に仏陀が立ち塞がるなら、ハンゾウ・ソードを掴んで斬り斃せ。もし仏罰によって眼をえぐられたなら、代わりに肛門を見開いてでもこれを見よ、見よ、見よ…!

職員会議にて。

「えー、どんな状況にも明るい側面はあるわけで…つまり、ブッシュの任期はあと四年しかない!」

駄目じゃん。

* * *

一般学生向けのスペイン語コースとは別に、 Heritage Spanish という授業がある。これは普段からスペイン語で生活しているヒスパニック系住民向けに、普通の二倍のスピードで文法だけをさらうのだ。しかし彼らの使っているスペイン語は教科書とはかなり違うので、生まれたときからスペイン語で話している人間に向かって「あなたのスペイン語は間違ってはいないけれども、標準語ではこう言うのだ」と指導することになる。これを白人教師がやると生徒に無用の屈辱感を与えるので、このクラスはメキシコ系の教師にしか教えられないそうだ。

スペイン語科には、イラクのアメリカ兵をテレビ越しに教えるという話も来ているらしい。どうせ通信教育なら、もうちょっと名の通った大学に頼めば良さそうなものだが、どうやら軍も戦争に直接関係ない物事に回す金はほとんど無いと見えて、アメリカ有数の貧乏校であるポテト州立大学を使って安くあげたいようだ。泥沼の戦況とはいえ暇は結構あるそうで、高卒の若いモンを兵舎でゴロゴロさせておくぐらいなら、除隊後の彼らがグレないためにも学位を取らせてしまおうということらしい。幸い、できたばかりの日本語科には話がこなかったが、せっかく教えた学生が死んだり大怪我をしたりしてクラスから消えていくのは想像するだに嫌だ。死ぬの殺すのという日常を送っている学生を教えるのは、あるいは戦場と教室を毎日往復して暮らすのは、どんな気分のもんだろうね。

10/9/2004

もう何年も前に日本の深夜番組を見ていたら
売り出し中のAV娘が自分の新作を紹介するときに
Fuckin' を「フックン」と読んでしまって
よくああいう番組で小コーナーを担当するタイプの、
メガネでアロハの暑苦しいオッサンに、
「シブガキ隊かっ!」と突っ込まれていたよ。

わびさび。

四国の田舎が珍しく台風でえらいことになって、
親戚中で唯一フーテンで
山師でバクチ打ちでペンキ屋の伯父が増水した川を見に行ったら
そのまんま流されて行方不明だそうです。
まあ彼の場合、いなくなっても子供も奥さんも困らないと言うか、
どちらかというと居た方が問題の多い人だったので、
人生の幕引きとしてはイイ感じではないかと思います。
わざわざ川を見に行って、家は無傷。
なんか彼の狂気とか放浪癖は僕が大半を引き継いでいる気がするので、
後は任せて安心して成仏してほしいです。
むかし母の本棚で見つけた草野心平の詩集には
余白に鉛筆で下手くそな詩が沢山書き込んでありました。
彼が書き散らしたものだそうです。
たしか僕がそれを東京まで持っていったのですが、
あの本は今頃どこにあることやら。
今持っているのは例のニューヨークの紀伊国屋で買った分厚い岩波文庫版です。
このあいだ授業で「秋の夜の会話」を読ませたら
けっこうみんな理解して面白がってました。
「さむいね。」は、
"It's cold, huh?" だそうです。

ゴジラ対檀ふみ。

「あんた、イカすねえ…イカすから…ナイフで勝負しようぜえ!」とか、「師匠、お茶が入りました…隙ありいッ!」みたいな、ケツから血が出そうな信頼関係(いやホモじゃなくて)って素敵だわーと思うんですけど、皆さんわりとベタなラブラブが好きなんですよね。まあ拳銃突きつけてばっかしのウー的友情は大抵二時間以内にどっちかが死ぬから、良い子は真似しちゃいかんのですが。

見た見た。いや?んもォ古典的!って感じの
バカですなあ。
マーガレット・チョウのところでも、
その種のメールを大量に展示してます。
どこの国でもあの手のバカって、
意見の違う人間に対しては「黙れ」と「出て行け」しか言えないのね。
議論もできないくせに、
アメリカが攻撃されると「自由と民主主義に対する攻撃だ!」
だもんなー
攻撃されてるのはあんたたちのそういう偏狭と傲慢だよ、自由じゃなくて。

「眼鏡を取るとマッチョ」という古典的パターン。

「落雷について」

だだっ広い場所が危ないって言いますからねえ。
そういう意味では日本よりアメリカの方がずっと危険なはずなんですけど。
なぜかアメリカ人はあまり怖がりません。
村立大学の体育館で降り込められた時には、
バスケ部の黒人の大男が雨の中をぞろぞろ歩いていたので、
ああ避雷針が来たと思って後をついて帰りました。
あ、でも大木の近くは余計危ないんでしたっけ。

ローリング・ストーン誌の映画レビューの、イカす書き出し二つ。

「リーグ・オブ・レジェンド」を中二階の最前列の席で見ていた時、私の隣に退屈で身悶えしている男がいた。映画の中頃に、彼は逃げ出そうと決意したが、不幸にして右も左も、膝にポップコーンの巨大なカップを載せて前方の手摺に足を載せている客が並んでいる。けっきょく彼は正面の鉄柵の間を無理矢理くぐり抜け、自由に向かって身投げしてしまった。けだし、英雄的行為と言えよう。

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「陰茎を振り回す露出狂さながら、Kill Bill: Vol. 1においてタランティーノは彼の偏執のすべてをさらけ出した。」

ところで地獄女史も褒めてたスカイキャプテン、
たしか今やってますよね。見に行かねば。
あの新人監督は、マックで作った6分の短編を持ち込んで
企画を通したそうで、
アップルのサイトでも特集記事(英文)を組んでいるのですが、
それによると最初は全部一人で作るつもりで
1994年に Mac IIsi というマシンで作りはじめたんだそうな。
今の最新型を使うならともかく、
当時のマシンで特撮映画一本というのは、
まさにタライ舟で太平洋に漕ぎ出すような暴挙です。
スカイキャプテンじゃなくて無謀キャプテン。
結局一人では数年かけても六分しか作れなかったようですが、
会社や金を動かして何事かを為すためには、
やっぱしこういう無謀な決意とエネルギーが必要なのですね。
あたしゃ日本でマックマック言ってる連中
(うおお、あっちこっち具体的にリンク張りてえ…)の何が嫌いって、
あの人たちは凄いマシンを撫で回してるだけで
結局なにも狂ったことしないんだもん。
背中の林檎が泣いてるぜ。

例の翻訳仕事をしている某社から、ある漢方薬の毛根活性化作用についての文書が送られてきました。気の毒な数十匹のハツカネズミの両脇腹の毛を剃って実験したところによると、彼等が企画中の新製品は唐辛子などを使う従来の方法より安全に血行を促進できるそうです。

絵本とかの思い出。

よく考えたら、あの町には岩波を扱ってる本屋自体が
一軒しかなかったんですよ。そこも小さかったので子供の本とか無いし。
あそこの本って只でさえ田舎では売れそうも無いのに、
返本を受け付けないもんだから、
田舎の本屋がわざわざ取引したい相手じゃないようです。
駄目な本屋にある子供の本って、
大概テレビ番組に乗っかったどーしょーもない代物で、
やる気の無い編集者が写真を切り貼りしただけの仮面ライダーやウルトラマンの絵本を、
子供がねだるので頭の悪そうな両親が渋々買ってるという構図でしたね。
(こういう客はまず本屋の奥へ踏み込むのを怖がるので、
ああいうダメ絵本は必ず店の前に出してあった。)
大抵の親には、本とオモチャ、駄目な本と良い本の区別が無いようです。
あー思い出してもヤだ。
西原理恵子も
「東京に行ったらみんな本を読むから嬉しかった」って言ってましたね。

『かいじゅうたちのいるところ』

あの雰囲気は、確かに子供にはちょっと怖いんだけど、
それはそこに何かが強烈に在るから怖いんで、
あれを怖がってちゃ
将来テレビのバラエティー番組ぐらいしか見るもんなくなりますね。
つまり濃いものってのは大抵なんか怖いんでしょう。

とりあえず千葉で待機中の母から第二報が。
伯父の家に高知や岡山から親戚が集まっているようですが、
汽車は不通(あの辺ではまだ「汽車」と呼びます)、
国道もズタズタという状態で
隣の市から徒歩になり、
ようやく家にたどり着いてみると、
「彼に命を助けられた」という近所のお婆さんが現れて、
何度も頭を下げたそうな。
どうやら目的も無く歩き回っていたわけではない…の…かも…
台風一過の青空に笑顔で「あばよ」という
打ち切り少年マンガのような終わり方ですな。
(ペンキ屋なのでとりあえず青空は似合う。)
人生ハチャメチャでも最後にこういうのがあると、
大分印象が変わりますねえ…

例の翻訳仕事の某社から新しいパンフレットが送られてきました。もともと私は広告代理店の人間を軽蔑していたのですが、最近では少なくとも化粧品会社で働く研究者どもよりずっとマシだと思うようになりました。両方とも商品を売るために恥知らずの嘘をつくとはいえ、広告屋が書く文章には多少とも他人に読んでいただこうという努力が感じられるからです。(化粧品業界の専門誌の論文のひどさと言ったら、そりゃ、もう、あんた。)また、広告屋は普通ネズミの毛を剃ったりしません---たとえ人のケツの毛を毟るとしても。

10/3

七月末から二週間ほど日本に帰って、義兄弟(♀)と漢王朝再興について語り合ったり歌舞伎を見たりラーメンを食べて餃子も追加したり例の60階のマンションの便所の窓から猫に手を振ってみたりした。そのころのこともいずれ書きたいのだが、なにしろ秋学期が始まってから柄にもなく忙しい。とりあえず義兄弟の日記にリンクを張ってごまかしてしまうのである。(七月末から八月初めあたりに、あたし出てます。)

ところでこれは日系四世の Richard Watanabe 氏のサイトで見つけた「あなたの日系人度チェック」からの抜粋である(原文はこちら)。もともとはロサンゼルスの二カ国語新聞『羅府新報』に載ったもので、項目の数も三倍ぐらいあるのだが、ローカルな店の話とかを跳ばして読んでいくと、日本生まれの日本人にとっても思い当たる節は非常に多いのであった。どこの国でも政治家は象徴だ愛国心だ民族精神だとうるさいけれども、あんな大袈裟な言葉は所詮テメェらの都合で国民を踊らせるための便利な呪文にすぎない。(最近日本でも自信の無い若者とかがコロッと引っかかってるけど、二言目には祖先の霊がどーのこーのとか言って、あんなのインチキ宗教と何処が違うんだ?)信じられるのはただ、どこへ行っても何十年経っても体に染み付いて抜けないような、習慣とか癖とか好きな食べ物とか、そういう些細な物事だと私は思う。

「キャンプ」と言えば森の中の小屋ではなく(第二次大戦中の)日系人収容所のことである。

移民一世の祖父母は見合いで結婚している。

両親または祖父母が、最初の家を頼母子講で買った。

庭木が奇麗に丸く刈り込まれている。

裏庭に柿の木がある。

いつも最低一袋は煎餅が家にある。

リビングに、ガラスケースに入った日本人形がある。

招き猫を飾っている。

ハワイに親戚がいる。

日系人を訪ねる時にはお土産を持っていくものだと知っている。

日系人を訪ねる時には、野菜や果物を一袋もらったり渡したりする。

日系人の家から帰る時には、紙やスチロールの皿に残り物を貰って帰る。

輪ゴムやコヨリやバターや豆腐の空容器が、台所に貯めてある。

マンザナー(日系人収容所があった所)参りに行って炭坑節を踊ったことがある。

どこに住んでいてもお盆には昔住んでいた場所に戻る。

肩が凝った時にはサロンパスかタイガーバームか、ゴム球のついたポンポン肩たたきを使う。

葬式の後は中華料理屋で「メシ」を食う。

食事の後、誰が金を払うかで大騒ぎになる。

みんなの分を払った人間のポケットに、こっそり金を入れたことがある。

ベニハナとヨシノヤ・ビーフ・ボウルは本当の日本料理ではないことを知っている。

大晦日に蕎麦を食べる。

新年には縁起を担いでお雑煮を食べる。餅が口の中に張り付く。

餅の上に載っているミカンを食べてはいけないと知っている。

冷凍庫に12 個パックの餅が入っていて、七月になっても捨てられない。

自動車旅行に行く時は弁当を詰める。

お婆ちゃんが町一番の寿司の名人だった。

人参やホットドッグを、つい斜めに切ってしまう。

スパムの良さを知っている。(迷惑メールじゃなくて、謎の缶詰肉の方。)

ブロッコリに付けて食べるのに、いつも「ベストフーズ」ブランドのマヨネーズを使う。それにちょっと醤油を混ぜるのが好き。

炊飯器の水は指で計る。

米の飯で育った。ベーコン炒飯、チリビーンズ御飯、カレーライス、赤飯など。

スパゲティーと一緒に御飯を食べるのが好き。

御飯は皿ではなく茶碗で食べたい。

冷蔵庫に沢庵の容器がある。

御飯がないと食事が始まらない。

納豆について、明確な態度を持っている。

「桃太郎」の話を知っている。

チビとかシロとか言う名前のペットを飼ったことがある。

知り合いが秋田犬か柴犬を飼っている。

学校でハローキティの筆箱や甘ったるい匂いのする消しゴムを使っていた。

病気になるとお粥を食べる。

牛乳を飲むと腹具合がおかしくなる。酒を飲むと顔が赤くなる。

草履のミニチュアの形をしたキーホルダーを持っている。

お守りとして蛙の人形を車の中に吊っている。(無事カエルという洒落で、日本でも昔から売られているらしい。知らんかった。)

両親に、友達の子供と比べられる。

自分たちは他のアジア系より優秀だという幻想を持っている。

かかりつけの歯医者、ファミリードクター、眼科医などは日系人である。

八人以上の友達と一度に集まったり出歩いたりする。

自分のことを Buddhahead (由来には諸説あるが、現在では日系アメリカ人の総称。最近はともかく、昔はかなり毒のある言葉だったらしい。)と呼んだり、友達に呼ばれたりするのは平気だが、白人にそう呼ばれると癇に触る。

会う人ごとに違う発音で名前を読まれる。(私の名前も六通りぐらいあるぞ。しかも同じ人でも月日が経つと微妙に発音が変化していくぞ。けっこう大事な書類上の名前も、よく見ないとしょっちゅう間違ってるし…)

迷信深い方ではないが、バチは当たると思っている。

お皿に一切れだけ残った食べ物を取れない。取る時は細かく切ってから。

いくら欲しくても、最後に残ったものは決して取ってはならない。エンリョ、エンリョ、エンリョ。

日系人に話しかける時、つい「あの…」と言ってしまう。

髪を染める時はビゲンのヘアカラー。

トイレットペーパーのホルダーに刺繍のカバーをかけてしまう。

「よっこいしょ」「よいしょ」という言葉の意味を知っている。

両親や祖父母が巨大なアメ車に乗っていた。

日本語がいかに駄目でも、「しーしー」と「うんち」は知っている。

両親や祖父母が大晦日には紅白歌合戦を見る。

(男性の場合)ティーンエイジャーの頃、口髭を伸ばそうとしてみたが、どんなに頑張っても眉毛の方が濃いのに気がついて、諦めたことがある。(ただし沖縄出身者は除く)

モントレー・パークの高級中華レストランに両親を連れて行ったら、親がウェイターに「どうして焼きソバと酢豚と炒飯が無いの」と尋ねて恥ずかしい思いをしたことがある。

母親が「もしもの時のために」かまぼこの板を貯めている。

誰かの結婚式や記念日のために千羽鶴を折ったことがある。

耳掃除には綿棒ではなく、耳かきを使う。(この夏、私は耳かきを買いに日本まで帰った。)

父親の世代が、全員同じコロンを付けている。

日系人に出会えば、全て親戚か「知り合いの知り合い」。

日本語を喋れなくても、「ベンジョ」と「バカ」の意味は知っている。

子供のころは、よその家も毎日米の飯を食べると思っていた。

トヨタ・ホンダ・マツダ・ダットサンなどの車を改造したり車高を下げたりしたことがある。

台所に電子ジャーがある。

「海苔を食べないと髪が黒くならないよ」と言われたことがある。

食事の前後に「いただきます」「ごちそうさま」と言う。

母親は何かと「ガマン」をしようとするが、本当は嫌で仕方が無いので、自分がいかに犠牲を払っているかをしきりに暗示しようとする。

(女性の場合)日系人の男が何を求めているか、彼ら自身よりも敏感に察知して、世話を焼くことを期待されている。その能力はあっても、そんなことはしたくないと思っているなら、あなたは二世である。そんなことはできないし、大体どうでもいいと思っているなら三世。世話を焼くのは男の役割だと思っているなら、四世である。

父親から譲り受けた使い古しの芝刈り機を今でも持っている。

戦前には県人会のピクニックに行った。

日本語を話せるかと聞かれると、「スコシ」と答える。

食事は茶漬けで締める。

ご飯に醤油をかけてはいけないと知っている。

日本人に会うと、彼等の英語を褒める。彼等はあなたの日本語を褒める。もちろん両方とも無理をしている。

昔は家で餅をついていた。

医者たちが何を言おうと、あなたの祖母は料理に味の素を使う。

夏といえば素麺と小倉金時である。

父親が、庭の芝生に異常に執着している。

裏口に、いつまでも古い草履を置いている。

成長の過程で、「アブナイ」「タカイ」「ウルサイ」「ガマン」「シカタガナイ」などの言葉を学んだ。

今までで一番うまかった食べ物は、日系人バスケットチームの試合の後、誰かの母親が持ってきてくれた手料理である。

子供の頃、ウルトラマン、仮面ライダー、キカイダー、ジャイアントロボ、鉄人28号、マッハGoGoGoなどを好きで見ていた。

白と金色の鶴が刺繍された、オレンジ色の家族のアルバムを持っている。

日系人が相手だと、知らぬ間に目で話したり軽く会釈したりしてしまう。

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