ストレスの溜まる時間を過ごした後、何かを解き放つように煙草を吸っている人間の顔は悪くない眺めである。こういうとき嫌煙権が云々などと野暮なことは言いたくない。「気持ちは分かる」からである。

 しかし残念ながら、そういう場面に出くわすことはさほど多くない。むしろ非常に多く見掛けるのは、今まさにストレスのさなかにある人間が脂汗を浮かべながらヤニっぽい指でセカセカと煙を呼吸している場面である。もはや煙草の味など分からなくなり、時には喉の痛みを訴え、せき込んだりしながら。見ているだけで身体に悪そうなこの種の人々からはなるべく物理的距離を置くことにしているが、人間は多かれ少なかれそういう生き物なのかもしれないとも思う。「多かれ」を代表する人物といえば、例えば先般から国民とマスコミを相手に悪戦苦闘を演じている、某「底抜け超大国」の政治家が挙げられよう。「女がらみの問題を起こせば世界一大きなダメージを被る男」の一人が自分であることは、彼にはよくよく分かっていたはずだ。しかし彼は計算ができても我慢が出来ないのである。こういう人物を完全に嫌いになることは、私には出来ない。おでんの屋台にでも彼を連れていったら、酒の肴にけっこう面白い愚痴が聞けそうな気がする。

 唯一、私がまったく理解も共感もできないのは、安手のテレビドラマやコマーシャルの中で煙草を吸っている人間(というか、そういう作品の作り手)である。どちらかというと彼らは、煙草の味を心から楽しんでいるというよりは、「煙草を吸っているカッコいいオレ」にしか関心がないように見える。はたして彼の妄想そのもののごとき悪趣味な女が画面の奥から現れ、ヌメッとした視線で彼を見つめたりする…という、お約束パターンのCMを目にするたび、現実の中でこういうブキミな場面に遭遇せずに済むことを私は天に祈り、またこの種のコマーシャルには全て「夢オチ」(「そこで男、指をくわえ枕を抱きしめて目が醒める…」とか)を義務づけて、ニコチンより遥かに脳に悪い妄想から健全な青少年を守っていただきたいと切に願う。カッコつけるだけでさっぱり旨そうに見えない煙草のCMと、逆に出てくる男どもが全員コレデモカと野暮ったい男性用カツラのCM群は、私にとって永遠の謎なのであった。