何年か前、急な用事のため四国に帰省し、夜おそい新幹線で東京に戻った時のことである。新京都の駅だったか、ドアのところでどこかのCMで見たような見送りの場面を演じている若い男女がいた。「仲良きことは美しきかな。」と半ば無意識化したいつものコメントをその光景に張り付けた私は新幹線用にわざわざ持ってきた長く退屈な物語の文庫本に注意を戻し、間もなく電子ベルに続いて東京行き最終列車は予定通りゆっくりと滑り出した…のだが、数秒ののち窓外の只ならぬ気配にひょいと視線を上げると、目の前のホームをさっきの男が全力疾走していた。うーむ、さすが関西は濃ゆい…と一瞬あきれかけたものの、その男の風体を見て私は考えを改めた。デブなのである。渡辺徹に匹敵するほどの、見事な。しかも首から上はむしろ「サラリーマンになった朝潮」風であった。密閉された二重の窓越しなのをいいことに、かなり無遠慮に観察する私の視線を、手の届きそうな距離で爆走する彼はしかし寸毫も意識していないようだった。走る。走る。走る。髪は後方にカッ飛び、ネクタイは捩れ、シャツのボタンは弾けかかり、脚はもつれ。勝目のない競走を続ける男の目には、加速度を付けて離れていくドアと、その向こうで見返す女の顔以外、なにも映ってはいない…

 非人情男の私にも、この場面は少々効いたもので、いつぞや彼らと同じように東京と関西の間で遠距離恋愛の経験がある女性にこの疾走するデブの話を細密描写で語ったのだが、彼女は私ほど感銘を受けないようだった。私の描写力およびストーリーテリングに問題があったのかと一時は真剣に悩んだが(悩むなよ…)、ことは案外単純なのかもしれない。私がもし女だったら、物語の中で必死の形相で追っかけてくるのは、やっぱりいい男の方が好ましいにちがいないから。付け加えるなら、先日見せてもらった彼女の婚約者---神戸から東京にわざわざ転勤した彼---の写真は、ちょっと恥ずかしいぐらいのキリッとしたスリムな二枚目だったものである。