数年前、さるトレーニング・ジムで床に固定された自転車モドキをせっせと漕いでいたら、大音量のミニコンポで流しっぱなしのTokyo FMから聞き覚えのある前奏が流れてきて、耳ざとい何人かの男たちは早くも不安な目を見合わせた。映画音楽の特集、それ自体はよくあることである。しかし、今ここであの曲は……あれだけは!

 はたして十数秒の後、怖れていたメロディーが高らかに鳴りだしたとき、我々は全員気恥ずかしさに一瞬眩暈を覚えたが、誰ひとりラジオのチャンネルを変えようとしなかったのは、自分が困惑しているという事実を誰も認めたくなかったからだろうか。そう、なけなしのナルシシズムのためにジム通いをすること自体の恥ずかしさと、トレーニング中にその音楽を聴いたときの困惑とは根底で繋がっていたように思われる。ともあれ、むさっくるしい巨大な地下室で汗をかいていた数十人の男たちは、あるいは天井の一角をにらんで固まったまま内面の葛藤を押し隠して自転車を漕ぎ続け、あるいはヤケクソのようにガチャガチャとベンチプレスを繰り返し、あるいは大鏡の前のシャドーボクシングを途中から強引にラジオ体操に切り替え、ひそかな連帯の中で『ロッキーのテーマ』が鳴り終わるまでの数分間を耐え抜いたのだった。