満月の光が持つ或る特殊な作用についてはあまり知られていない。一般に光と呼ばれる電磁波とは大きく異なるエネルギーがあの「光」には含まれていて、それが月の潮汐作用との微妙な相互干渉の結果、特定の体質を持った人間(および他の生物)には満月の夜、月面上と同程度の重力----すなわち地球上の6分の1----しか懸からなくなるのである。この現象が人類の発展にいかなる意義を持つのか、そういった建設的なことを私は考えない。ただ、落下してきそうなほど頭上の満月が大きく見えた数年前のある夜ふけ、人気のない住宅街の通りで何の気なしにジャンプしてみた私は、自分の身体がコンビニの袋を提げたままブロック塀を越え庭木の梢を越え屋根を越え電柱を越え、まさに月に向かって真っ逆さまに落下していくのに気付いて肝を潰したものである。

 あの時は文字通り舞い上がってしまって空中で姿勢を崩したため、約十秒後にアスファルトの感触を全身で味わうことになったが、幼い頃しばしば押し入れの二段目から「とり!」と叫びながら徒手空拳の人力飛行を試みていた私にとっては、それは願ってもない感動的な体験でもあった。運動嫌いの私には珍しく、その後満月のたびに人目を忍んでドタバタと修練を繰り返した結果、今では月に一度は黒装束に身を固めて屋根の上の散歩に出掛けられるようになったのである。

 寝静まった街の屋根の上を、白土三平の忍者よろしく(ただしスローモーション)跳び渡っていくと、普段とはまるで違った世界が見えてくる。街灯で明るく照らされた現代の都市にはこの世ならぬものたちが棲息しなくなったなどと思い込むのは人間の傲慢というものである。人類が好きなように作り替えた環境に猫や雀やカラスや鳩が器用に住み着いているのと同様、人の群れ住むところには必ず、なんだかよく分からないものも色々と生きているのだ。ある晩屋根瓦を鳴らさぬよう気をつけながら寝静まった住宅街の上を走っていたら、なにやら存在感のあるようなないような黒っぽいものが道ひとつ向こうの屋根を並走しているのに気が付いた。どうやら競走を挑まれているらしい。こういうとき相手が人ではない以上まじめに張り合ったりするのはオロカな事なのか、それとも人類代表として頑張るべきなのか、結論が出ないまま私は意地になって走りだしていたが(どうも屋根の上を跳び歩いていると精神年齢が下がる)、しょせんこちらは月に一度だけこんなことをして遊んでいるアマチュア、先方は普段から屋根の上を走り回っているであろう化生のモノである。屋根から屋根へのジャンプ中に足をじたばたさせるなど、さんざん無駄な努力を重ねたあげく息を切らして鬼瓦の上にヘタり込んだ私を、凝集した闇のようなそいつは少し前方からキャッキャと奇声を上げつつ満足げに眺めるのだった。

 去年の秋、そろそろ本格的に寒くなってきたころ、中山から船橋の方へ良い気分で走っていると、さる御屋敷の屋根にちょこなんと座って月を観ている婆さんがいた。人間の同類に遭うのは初めてだったので、目の前まで行って「こんばんわ」と声を掛けたら、婆さんの首から上だけが突然若い女になってニッと笑った。

 仰天して屋根から転げ落ちそうになった私を指差し、婆さん腹を抱えて喜んでいる。これもやはり人間をからかって遊ぶ存在の一種だったらしい。危なっかしくテレビアンテナにしがみついたまま、逃げ出したものかどうか思案していると、婆さん、さんざん笑い終えてから取りなすように瓢箪の酒を差し出した。一口二口飲んだだけで、十一月の寒夜に、身体の底がふわりと暖かくなってゆく。

 アルコールにも助けられ、このさい肚を据えてコミュニケーションを試みることにした。言葉はどうやらほとんど通じない。「私はふつうの人間なのですが満月の夜だけこういうことが出来るようになるのです」という簡単な話もジェスチャーで伝えろと言われると絶望的な難事業である。婆さん分かったような顔でうんうんと首肯いて見せるのだが、本当に分かっているのか、それとも私の悪戦苦闘を楽しんでいるだけなのか、今ひとつよく分からない。そうこうするうち、酒の匂いを嗅ぎ付けたらしく、もっともっとよく分からないものたちがぞろぞろと集まってきた。ムササビのようなもの。暗闇にヒゲが生えたようなもの。月の光を屈折させる透明なもの。毛むくじゃらでノッソリしたもの。足音や生暖かい鼻息だけで存在が知れるもの…その他説明に苦しむもの多数。新しい誰かが車座に加わるたび赤い瓢箪は実に気前よく回し飲みされ---より写実的に言うと、何もない月明の空間をヒョイヒョイと飛び回り----飲めや唄えの騒ぎが始まった。

 婆さんが器用に胡弓を弾くと、「はらほろひれ」としか聞こえない言葉で「闇ひげ」と「ノッソリ」の意外な美声が反則のようなエコーとともに夜空に響き渡った。誘われるように、「猫にしか見えないくせに、どうやら猫以上のもの」が後肢で立ち上がって「猫ぢゃ猫ぢゃ」を踊り出す。論理的にひどく矛盾した光景のような気がしたが、次第にそんなことはどうでもよくなってきた。猫だ。夜だ。酒だ。満月だ。うわ、婆さんの顔がまた若返ってるよ…

 

 たしかに楽しい夜ではあったのだが、あれ以来船橋方面からは足が遠ざかっている。なにせ翌朝屋根の上で大の字になったまま目が覚めると日はすでに高々と昇っており、当然のごとく怪しいジャンプ力を失った私は、御屋敷の屋根から降りて(落ちて)こっそり敷地を抜け出すだけでえらい苦労をしたのだ。やはり人間は人間と付き合っているのがいいのかもしれない。とはいえ、月夜の散歩をやめるつもりはさらさら無いのだが。今度の満月の夜、月をバックにヘロヘロと飛んでいる重そうな男を見かけたら、それは私です。