羽根のように軽い靴があれば、ちょうど10分でその島を一周することができる。この地方特有の亀に似た青い島を取り巻く道を、私はさっきから駆け足で何度もめぐっていた。日没に向かって潮は満ちてゆく。しずかな入り江から港に続く唯一の舗装道路を抜け、漁師の村の石段を駆け降り駆け上がり(半裸で歩く人々がこんなに美しく見える場所を私は他に知らない)、砂浜に戻ってくると、さっき自分の残した足跡がちょうど波に消されようとしている。その少しだけ内側をなぞるように、私は新しい足跡を付けながら駆けてゆく。砂のうえで、育ちすぎの少年のようにふざけあっているのはMとIとK。少し離れたところでは、並んで腰を下ろしたOとFが、Tの手仕事を眺めている。彼は砂だの石だの流木だのを使って一心に何か作っているのだ。オブジェといえば聞こえはいいが、要するに砂のお城である。その前を通るとき、私は右手に持っていた大振りの貝殻を一枚、「お城」の前に落としていく。そうやって何回まわったかを数えるつもりだったのだが、気に入った貝殻があるとTがたちまち作品の中に組み込んでしまうので、途中から何回だか分からなくなってしまった。まあ、それも悪くない。

 砂浜を抜け、波の音に不思議な反響を与える洞窟の前を過ぎたところで、また防波堤にそった道らしい道が始まる。私に肩を並べるように、金色に輝く海のうえを海鳥が滑り、私は自分もまた地上の生き物のぶざまな束縛を逃れて道の上を滑っているような錯覚にとらわれる。昨日のことをうまく思い出せないのは、おそらく飛ぶためだけに作られた鳥たちの単簡な脳と無駄のない体の組織に私が近づいてきたせいであろう。われわれが生まれる前のことを覚えていないのも、じつは同じような事情によるのかもしれない。今日を生きるのに必要ないことは、忘れてしまって構わないのだ。貝殻は私の掌のなかに。そして流れ続ける時間と生命のあらゆる秘密は、その白い大きな巻貝の中に。光は風に溶け、波の音は潮の匂いと入り混じり、時間は速度と、瞬間は永遠と同じものであることを私は知る。今ごろそんなことに気付いたのかい、と並んで飛びながら鳥たちが笑う。

 そんな至福の状態のまま、何度私は島を巡ったのだろう。いつの間にか薄明と銀の月だけを残して太陽は海に沈み、満ちてきた潮のおかげでTの傑作は未完成のまま波にさらわれていった。FとOはスカートに付いた砂を払い、取っ組み合っていた三人は歳相応の顔に戻って荷物をまとめている。さあ、そろそろ帰らなきゃ…

 …って、どこへ?あれ?だいたいなんで数年間も会ってない人たちがこんなにそろってるんだ?まあいいや、とにかく貝殻をどうしよう…

 

 最近の目覚し時計は軽くて小さくて、ほんとに貝殻みたいですね。夢うつつでベルを止めてしまっても、そのまま右手に握り締めて寝ていたあたり、約束に遅れまいとする一抹の律義さを感じていただきたいのですが…ダメ?