バブル華やかなりし頃の或る蒸し暑い夏の夜、亀戸あたりで総武線に乗ったら、なんだか分からない人物がいた。ツヤツヤの禿頭で色白。貫録十分のくせにどこか赤ん坊を思わせる、年齢・国籍不詳の丸々とした巨体。得体のしれぬ円い小さな色眼鏡、仕立てのよい黄緑色のド派手な背広、胸ポケットからのぞく真紅のハンカチ…という、尋常とはかけ離れた位置でキマっている装束。私が真っ先に思いだしたのは、吾妻ひでお氏描くベラボーに怪しい不死身の妖怪中年、「三蔵」であった。

 部下らしい男を一人、そしてなんだかキョロキョロした若い男を二人連れていたところを見ると、当時アジア全域から大量に流れ込んでいた若い労働者に仕事を斡旋するのが三蔵社長の仕事であるらしかった。亜細亜系英語とウルドゥー語(たぶん)をちゃんぽんにしゃべる社長は、なにも分からぬまま釣り革にぶら下がったりしてハシャいでいる青年二人にずいぶんいい加減なことを吹き込んでいる。"This is Japanese super express Hikari...We are going to Osaka..." ちかごろ英語では西船橋のことをオーサカと呼ぶらしい。

 それから二年ほど後、あっけなくバブルは弾けて、東京周辺のアジア系外国人労働者はずいぶん減った。あのときカモられていた若い二人も、とうに故郷に帰って、今では嫁さんや子供に囲まれているのだろうか。その後一転して清貧がどーのこーの言い始めた節操も金もない国にいつまでも張り付いているはずがないのは、三蔵社長とて同じことである。どこかのまだギラギラと熱い国で、境界の判然としない顔と頭の汗を例のハンカチでぬぐっては、相変わらず若者の「教育」にいそしんでいるに違いない。