想ひ出のバブルシチー
 
四国から東京へのっそり出てきた十八の頃、都はバブル真っ盛りであった。たとえば小岩で 教えていた男の子の父親は当時ブイブイ言わせていた不動産会社の社員で、私の仕事が終わる夜十時頃、すっかり出来上がって帰ってきては、当時急激に増えていた高級マンション用イタリア製家具の輸入や男の生き方などに関してまたひとしきりブイブイと怪気炎を上げていたものだ。初めて見た動くものを親と思い込 むヒヨコさながら、私の中の東京は或る意味その時代で停まっていて、最近ナマの日本に触れる機会が減ってからは、ますますその傾向が強くなっている。一億とは言わずとも一千万人が浮足立って踊っていたあのころテレビに流れたCMは、やっぱり人がやたら大勢出てきて歌い踊るという分かりやすいバブリーな代物 が多くて、泡沫の最後の余滴が地下鉄の毒ガスとともに流れ去って久しい現在でも、刷り込まれた私の鳥頭にはそれらの音や色が妙にハッキリと残っているので ある。面白うてアホでやがて悲しきそんなCMのいくつかを、燈篭流しのように。当然手元に資料なんてないから、半分ぐらいは私の妄想です、たぶん。
 



大正漢方胃腸薬年末年始バージョン(…これは最近でも毎年やってるのか?)  口許のシワ演技力No.1俳優、田中邦衛が制服OLとサラリーマン (の扮装をしたダンサー)の群に囲まれ、渋谷のんべ横丁風のセットの中でひたすらに踊り狂うッ!「飲みたい食べたい遊びたい、はァ カンポ・カンポ♪」ビッグスタアをフィーチャーしつつも、大人数の群舞を見せるためにカメラはほとんど引いているという、極めて贅沢な造りであった。歌だけ聴いていると、簡易保険の宣伝と間違えそうである。  
東芝ワードプロセッサ Lupo ・「三行革命」(このモデルは、プリンタヘッドが一往復するごとに三行を同時に印刷する「美ゅん速プリンタ」が売りであった。当時のワープロ専用機の印刷の遅さには私も何度か痛い目に遭っていたので、よけい印象に残ったらしい。)  歌:(「線路は続くよ」の節で)「さ~んぎょうどーぉじーだー、びゅーんそーくーだー(バッバッバッ)」オフィスのセットで、ハツラツたる会社員の集団が左手を腰に、ふりかざした書類の束を「バッバッ」と打ち振りながら歌う。 男性社員数名:(踊りながら)「な~~がな~がしーごと~や~」 女性社員数名:(踊 りながら)「ざ~んぎょーおーを~」…歌に合わせて新機能を示す映像が随時カットイン。残念ながら後半はほとんど記憶に残ってないのだが、この種の「歌っ て踊る会社員ファンタジー」はしりあがり寿氏の漫画などにもしばしば見られる表現である。どっちがどっちに影響を与えたのか、それとも互いになんの関係も ないのか定かではないものの、しりあがり氏(回文みたいだ)はたしか広告業界の出身だったはず。  
郵政省「れたっくす」 「サチコが結婚!?」電話口で頓狂な声を上げた若い女、猛然と祝いの言葉を書き上げると、街の人々を振り返らせつつ郵便局に向かってフィルム早回しで爆走! 歌:「おーめでー、とぅって書いたぁらー、郵便・局へ行ってっ☆ *れたっくすー、れたっくすー」(*繰り返し) 郵便局内:めくるめく音と光の中、なぜかすべての人々が踊っている。制服姿のままエレキギター弾いてノリノリの男性局員。カウンターに一人跳び乗って踊っているショートカットの女性局員(←かわいい)。 披露宴会場:ファックスを手に一人ホロリとするウェディングドレス姿の花嫁。花婿らしき痩せた男はその他大勢に紛れて後方で横顔を見せて踊っているだけ。やる気の感じられないフリフリとした彼の動きに、結婚式というものに関する作り手の複雑な感情を読み取るのは深読みのしすぎか。    こうしてみると、某ロケンローラー氏が運動を展開するまでもなく、日本は十年前からすっかりインドだったのかもしれない。『踊るマハラジャ』恐るるに足らず!(それが結論かい)