想ひ出のバブルシチー

 

 四国から東京へのっそり出てきた十八の頃、都はバブル真っ盛りであった。たとえば小岩で教えていた男の子の父親は当時ブイブイ言わせていた不動産会社の社員で、私の仕事が終わる夜十時頃、すっかり出来上がって帰ってきては、当時急激に増えていた高級マンション用イタリア製家具の輸入や男の生き方などに関してまたひとしきりブイブイと怪気炎を上げていたものだ。初めて見た動くものを親と思い込むヒヨコさながら、私の中の東京は或る意味その時代で停まっていて、最近ナマの日本に触れる機会が減ってからは、ますますその傾向が強くなってきた。一億とは言わずとも一千万人が浮足立って踊っていたあのころテレビに流れたCMは、やっぱり人がやたら大勢出てきて歌い踊るという分かりやすいバブリーな代物が多くて、泡沫の最後の余滴が地下鉄の毒ガスとともに流れ去って久しい現在でも、刷り込まれた私の鳥頭にはそれらの音や色が妙にハッキリと残っているのである。面白うてアホでやがて悲しきそんなCMのいくつかを、燈篭流しのように。当然手元に資料なんてないから、半分ぐらいは私の妄想です、たぶん。